第146話 クロの勝ち
少し経って。
王都から離れた岩陰まで移動してきた俺達は、転移魔法を発動すべく互いに触れた状態で待機していた。
なぜか顔面に引っ掻き傷のある俺を真ん中に、右側にぷんすか怒り気味に服の端っこをちょこんと摘んだミリア、左側に嬉々として腕に抱きつくリーン。
中々カオスな空間である。
ちなみにこの顔面の引っ掻き傷は、言わずもがなさっきミリアの手に触れた時にやられたやつです。
事前に言わなかった俺も悪いが、触れた途端、過剰と言っても差し支えないくらいビクリと肩を震わせ、「変態!」と引っ掻かれた。
違うのよ、転移するために必要だったのよ……………。
「主様、大丈夫ですか?」
「はは…………これから先のことを考えたらまだマシな方だよ…………」
心配そうに俺を見つめるリーンに乾いた笑みを返す。
これから家に帰る。
という事はつまり、当然ながら皆がいる訳で…………。
数日間放置してしまった皆が一体どんな行動に出るのか……………想像できないのだ。
性的に絞り尽くされるだけならまだ良い方だろう。
もちろん"沢山構って!"のような可愛げのあるものだったらむしろウェルカムだ。
…………いや、今回に限っては100%俺が悪いんだ、全て受け止めて見せる!
◇◆◇◆◇◆
一方その頃、マシロ家では。
「はっ!」
「?クロ、どうかしたんですか?」
主の残り
ここ数日、ずっとどこか元気のなかったクロがあまりにも唐突に俊敏な動きをするものだから、隣で編み物をしていたアイリスは思わず目を白黒させてしまう。
しかし、そんなアイリスには見向きもせずスンスンと鼻を鳴らすクロ。
無視されたアイリスは若干涙目である。
「む?どうしたのだ?」
「あれ、クロさん?」
騒ぎ…………という程でもないが、異変を感じ取ったノエルとイナリもリビングに顔を出し、何かを探すように鼻を鳴らし続けるクロに首を傾げる。
困惑する三人をさておき、ついに真実に辿り着いたクロがぽつりと一言。
「主…………?」
「む!?」
「え!?」
「はわぁ!?」
次の瞬間、クロが突然走って家を飛び出してしまった。
残された三人は思わず顔を見合わせる。
マシロが家を留守にしていたここ数日、顔には出さなかったものの一番目に見えて落ち込んでいたのはクロだったのだ。
もちろん自分達が想いで負けるつもりはないが、なんと言うか………………すごく可哀想だった。
まるで飼い主が出勤する時に、家に一匹置いていかれた飼い猫のよう。
さすがにみー、みー…………と悲しげに鳴きながら壁をカリカリする事はなかったが。
でも今、すれ違いざまにちらりと見えたクロの表情は、いつもの無表情ながら、キラキラと輝いていた………………………気がした。たぶん。きっと。
◇◆◇◆◇◆
そんな我が家のことは露知らず。
「じゃあ、転移するぞー」
二人が…………片方が若干渋々そうなのはさておき、頷いたのを確認して転移魔法を発動させる。
シュンッ、と視界が真っ白に染ったかと思うと、次の瞬間には途切れ途切れに見慣れた草原が露わになって行く。
う〜む、やっぱり普通に発動したな…………。
今度は場所も指定した座標とバッチリだし、転移出来なかった時は一体何が原因で──────────。
「主っ!」
「ぐふぅ!?」
なにごと……………?
まさかこんな事になるとは欠片も思っておらず、無防備にぼーっと
コンマ一秒よりも短い時間で開けていく視界の端から、何か黒い影が近づいて来るのが分かった。
コマ送りのように無意識に捉えたそれは、なんとさも俺がここに転移してくると知っていたかのようにスタンバっていたクロで。
転移が完了した途端、俺が
あまりの衝撃に体がくの字に折れ曲がり、そのままクロを支えきれず押し倒される形で地面に倒れ伏した。
ろ、
驚きで言葉を失うリーンとミリアを尻目に、俺の胸板に顔を埋めたクロはすんすん………とひたすらに匂いを嗅ぎまくる。
そして、ぎゅむっと潰れた顔をキュポンと上げ、満足気にむふーと鼻息を漏らした。
「主、おかえり」
「ただいま、クロ…………」
苦笑いしながらもクロの頭と猫耳を撫でると、気持ちよさそうに「んぅ〜」と喉を鳴らす。
寂しかったのだろう。
いつもより密着度が増し増しである。
まぁいつもも相当すごいのだが……………。
「なっ………あ、あんた!
「やっぱりって何さ、やっぱりって」
人を指さしてそんなこと言わないの。
当たり前だけど、まだクロには手を出してないっての。
「え、そうなの…………?」
「……………………主、この女達だれ?」
クロのジト目が非常に痛い。
ですよね、自分達放っておいて何他の女連れてきてんの?ってなりますよね。
すみませんそれに関しては本当にぐぅの音も出ないです。
クロはじっと自分に注ぐ視線の主達を見つめ返す。
まず視線はリーンに向き。
胸元に下りて、「むぅ」と無表情ながら不満げそうな声を出した。
続いてその視線は反対側のミリアに動き、「なによ…………」と呟く仏頂面とにらめっこ。
最後にこちらでも胸元に視線が下りたかと思うと─────────。
「(ふんす!)」
勝ち誇ったように両の握り拳を真上に掲げたのだった。
無言ながら嫌でも言いたいことは伝わってくる。
当然、ミリアが黙っていなかった。
「ちょ、あんた今どこ見てそんな勝ち誇った顔したの!?言ってみなさいよ!」
「胸に決まってる。お前、クロより小さい。クロの勝ち」
「はぁ!?そんな訳ないじゃない!だいたいあんただって貧乳でしょ!?」
「クロのは微乳。貧乳より大きい」
「ごめん、全く違いが分からないわ」
「クロのは主に揉んでもらったから大きくなった。でもお前は………………」
「うるさいわね!てかあんた!」
「はい」
「んう?」
「よくちっちゃいって言われる方!」
「はい」
「ん」
「ああもう男の方よ!紛らわしいわね!」
いや、そんな事言われましても。
ミリアが"あんた"って呼んだんじゃん…………。
そうツッコミたかったが、今言うと問答無用で殴られそうだったのでやめておいた。
「あんた、この子の胸揉んだって本当かしら。もし本当だったらボコるわよ?」
「んな理不尽な…………。てかそれに関しては俺も聞きたい」
記憶が確かなら、俺は過去一度もクロの胸を揉んだなんて事は無いはずだ。
耳やしっぽを撫でるのは日常茶飯事だったが、まだ一線は超えていなかったはず。
そもそもクロの胸触ってたら、それはもう言い逃れ出来ないロリコンだろう。
え?ノエルに手を出してるからもう遅い?
ちょっと何言ってるかわからない。
「ん、本当。でも主は頼んでも触ってくれないから、主が寝てる時こっそり手を借りた。気持ちよかった」
「そこまで報告せんでよろしい…………」
え、俺が寝てる時にそんな事してたの?
マジで?
さすがに本番はしなかったらしいが、これは割と頻繁にやっていたそうで……………。
「クロ、それ禁止ね?」
「!?」
「そういうのは成人してからです。十八禁だめ絶対」
まぁこっちの世界では十三歳で成人なので、クロもあと少しだ。
それまでは大人しく待ってなさい。
まさか禁止になるとは思ってもいなかったのか、クロはがーん!と衝撃を受けて固まってしまった。
「あっ、ご主人様、おかえりなさいです!早速ですが見てくださいよこれ!ついに念願のものが………………ってええええええ!?クロさん!?それに首輪を付けた女の人が二人も!?」
「おかえりなさい、ご主人様。早速ですが、そちらの方達について説明していただけませんか?」
「おー、真白!おかえりなのだぁ!」
なぜか見覚えのありすぎる漆黒の首輪を持ったイナリ。
密かにお怒りモードのアイリス。
そして唯一いつも通りのほほんと手を振るノエル。
家の方から続々と集まって来た。
さて、ここからが一番大変だ。
皆に二人のことを話し、いかに納得してもらうか。
俺の腕が試される(?)のだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます