第140話 商館に行く前に







もちろんここまでお節介をする必要はなかったが、やっぱりさすがにね。

呆然と行き交う人々を眺めるこの幼い少女を一人、殺伐とした荒野に置いていくなんて出来なかった。


たぶん放っておいたら、あの子はあの後どうなったんだろう…………って絶対に気になってしまうはずだ。

それでもし何かあったと知らせを受けた時には、一層寝覚めが悪い。


どうせ大した手間でもないのだ。

ぱぱ〜っとダグラスさんとこに連れて行って、後は任せてしまおう。

彼になら全てを任せても安心できる。



それが終わったら皆にお土産買って〜……………帰ったらここ数日留守にしちゃった埋め合わせもしなきゃ。

何したら皆喜んでくれるかな……………。


あ、リーンの紹介もだ。

今回はだいぶイレギュラーだから何と説明したものか。

押しかけみたいな形になってしまったが、皆は同居することを許してくれるだろうか。

まぁ少なくともは入るね。


指を折ってそんな事に思いを馳せる。



「よし。驚きの余韻よいんに浸ってるところ悪いけど、先に商館に─────────」




くぅ〜〜〜〜………。




「っ!」



「「………………」」




俺の言葉をさえぎり、可愛らしいお腹の鳴る音が聞こえた。

犯人はぼっ!と顔を耳まで真っ赤に染め上げ、自分のお腹を押えながらこちらを睨む。

怒りに燃える紅の瞳に羞恥しゅうちの涙がにじみ、開きかけた口は何か言おうとパクパクするが、結局言葉にならず閉口へいこうしてしまった。

よっぽど恥ずかしかったのかその視線さえもすぐに逸らして俯き、ぷるぷると肩を震わせる。




「〜〜〜〜っ!!」



言葉にならない呪詛が聞こえてくるかのようだ。

まるで呪ってやるとでも言わんばかりの眼力に若干気圧されながらも、そんなに恥ずかしがらんでも……………と俺は苦笑いする。

お腹の音なんて生理現象なんだから。

ねぇ?


同意を求めるようにリーンの方を向くが、予想に反して微妙な顔をされた。

あれ?



「いくら幼いと言えど、この子も乙女ですから…………」

「……………そういうもんか」



ううむ、やはり女心やらに関しては勉強不足らしい。

デリカシーの無い発言だったら申し訳ない。


………………………………ともかく。


お腹が減ってたなら早く行ってくれれば良いものを。

改めて先程少女が見ていた先を見ると、例のごとく長い行列を作る串焼き屋さんを見つけた。

前にクロとお昼ご飯で食べたやつだ。

相変わらずすごい人気だな……………。

たしかにここまでいい匂いが漂って来て、非常に空腹を刺激される。


しかし、最後尾は約二時間待ちという圧倒的絶望のお知らせ。


今から並んでは一体いつまでかかるのやら……………残念ながら悠長にそんなのに並んでる時間は無い。

こんな時に便利なのが【ストレージ】。

宙に入口を開いて手を突っ込み、温かい湯気を立ち上されるスープをお皿によそった状態で少女に手渡す。

一瞬だけ少女の瞳が輝いたが、すぐにはっと我に返ってぷいっとそっぽを向いてしまう。



「ふんっ。お腹すいてるって分かってるのに、わざわざ匂いだけ嗅がせる為にこんなの出すとか…………やっぱり嫌なやつじゃない!」

「いや、それ君用のだから。長い間何も食べてないんだったら、まずは汁物を飲んだ方がいいよ」


「はぇ?」



少女は目を瞬かせて、本当に何を言っているか分からないといった表情でこちらを見つめる。

奇怪な声のおまけ付きだ。

えっと、そんなに見られても困るんだけど……………。

俺、何かおかしな事言った?



「ふふっ。マシロさんはこのような方ですから、遠慮する必要は無いと思いますよ」

「べっ、別に遠慮してる訳じゃ……………」

「そうだぞ。君が要らないなら俺が食べちゃうが…………」

「わ、分かった!食べるわよ!」



意地悪な笑みを向けると少女は慌ててお皿を抱え込む。

それからふーふー息を吹きかけて気休め程度に冷まし、熱々のスープに口をつけた。

コク、コク、と喉が鳴り、途端に目が見開かれた。



「おいしい…………」



ほぅ………と至福のため息をゆっくり出した少女がぽつりとそう呟いた。



「でしょ?皆と作った自信作なんだ」



素直に褒められたのが嬉しくて笑顔を向けるが、少女はうぐっ、と言葉に詰まって目を逸らしてしまった。

あらら…………。

どうやらまだ警戒心が解けた訳ではなさそうだ。

残念。

…………まぁこんな反応をしながらもちゃんとスープは飲んでくれてるし、とりあえずは良しとしますか。




「(じゅるり………)」

「リーンもいる?」

「はい!」



ホカホカと湯気の立ち昇るスープをじーっと見つめるリーンが耐えきれずヨダレを垂らした。

こっちはずいぶんと素直だ。

食べるのをずっと見られてると少女が居心地悪そうなので、再び【ストレージ】を開いて二人分のスープを取り出す。

俺達もついでにお昼とするか。





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