第122話 リーン(2)





「………………う、う〜ん………………」




体が若干重い。

のしかかるまぶたをゆっくり開き、上を見上げるとそこには布地と鉄骨で組まれた天井があった。

よく見慣れた、自作のテントの天井。


……………あれ、俺いつの間に寝ちゃったんだろ…………。

まだ寝ぼけているせいか、昨夜の記憶が曖昧あいまいだ。

とりあえず、うとうとしたまま上体を起こして片手を着く。



ふにょん。



伸ばした手がふにょふにょした柔らかい感触のものを鷲掴みに。

未だぼーっとした頭で視線を下ろすと、そこには可愛らしいピンクのパジャマ姿をしたリーンが居た。


ごろんと寝返りを打って、「んぅ…………ましろさぁん………」と寝言を口にしている。

あら可愛い……………………………………………って!?



一気に意識が覚醒した。



自分でも驚くくらい飛び上がって、シュバッ!と一目散にテントの端に避難。

ちょ、ちょっと待ってくれ、なんで隣にリーンが!?

普通なら男女別とか、せめて俺が外でリーンがテント内で寝るとか分けるはずなのに………………………まさか俺、やっちゃった?

いわゆる"朝チュン"ってやつですか、これ。


そんな馬鹿な……………俺は………俺はそんなに軽い男じゃなかったはず。

一度だって風俗にも行ったことがないし、夜の街をフラフラしたこともない。

ずっと家族一筋。

だが、もはや言い逃れなんて出来ない証拠が今、目の前にある。


うぅ…………皆ごめん、まさか俺がこんなに手の早い男だったなんて……。

混乱しすぎて、あまつさえ出家の覚悟までしていると、不意にリーンがモゾモゾと動きを見せた。



「……………ふわぁ………あ、おはようございます、…………」

「あ、あれ?」



旦那様じゃない………?

マシロさん呼びに戻っている。

呑気に欠伸して目を擦ってる様子も、決して事後とは思えなかった。

なんだかそんなリーンを見ていたら俺も少し落ち着いてきた。



「呼び方、ですか?私だって旦那様と呼びたいのですが、昨夜マシロさんが断固拒否したでしょう?」

「……………あー、そうだったね」



冷静になってきたおかげで、何となくぼんやりした頭が鮮明になって記憶が戻ってきた。

たしかあの後、血をいっぱい吸われてフラフラになりながら寝る準備をしたんだった。

異様にリーンの肌がツヤツヤしていたのをよく覚えている。


で、テントを建てたと同時に俺はそのまますぐにバタンキューって寝ちゃった。

色々と説明する前に爆睡しちゃったもんだから、リーンは特に気にせず俺の隣で寝て、今に至ると。



……………………あー、全て理解した。

とりあえず朝チュンじゃなくて良かったな、うん。

これで出家せずに済む…………。

俺はボリボリと後頭部をかき、気を取り直すように両頬をペチンと叩く。



「……………じゃあ、朝ごはんにしよう」

「はい!」



良い笑顔だ。

安堵と共に出てきた欠伸を噛み殺してテントから出ると、俺は早速【ストレージ】の中を物色して適当に食材を取り出し、台の上に並べた。


朝は………………パンかな。

二食連続で悪いけど、簡単に食べられるのがこれしか無かったので仕方がない。

まきをくべて火をつけ、そこに三脚と金網を設置。

その上に四つの丸パンを置く。



…………………さてと。

後ろのテントの中から聞こえる衣擦きぬずれの音と煩悩を断ち切るように、ズダダダダッ!と勢いよく野菜を千切りに。

続いて取り出したお肉を横長にスライスして、野菜と一緒に軽く焼けた丸パンに挟めばサンドイッチの完成だ。

あとは果実ジュースをコップに入れてっと。



出来上がったサンドイッチを二つずつお皿に乗せ、簡易的な机に並べていると、テントの入口の布をめくってリーンが出てきた。

すでにパジャマから着替えて昨日と同じビキニアーマー姿だ。


相変わらず胸の主張が非常に激しい。

そして改めて落ち着いた状態で見て分かったが、あれは確実にアイリスやイナリより大きい…………!


そんな俺の下心はつゆ知らず。

リーンは机に並べられたサンドイッチに目を輝かせ、シュバッ!とすぐさま椅子に座ってソワソワ俺の方に視線を向ける。

俺も正面に座って、二人でいただきますをした。






軽い朝食を終えたら今度はちゅーちゅータイムだ。

……………………別にキスの方のちゅーじゃないよ?

血を吸う方のちゅーちゅータイムだからね?


身を乗り出して待機するリーンに袖をまくった腕を差し出すと、瞬時にぱぁ……!と頬を綻ばせ、嬉しそうにかぶりついて血を吸い始めた。


本当なら首筋からの方が吸血しやすいそうなのだが、俺が必死にお願いして腕にしてもらった。

正直に言うと、首筋から吸われると前からでも後ろからでも非常に心臓に悪い。

本人はものすごく不服そうだったが、俺の血を吸えない方がよほど嫌だったのか渋々ながら納得してくれた。

腕は若干、血を吸いにくいんだそうで。


まぁ俺からすれば必死に血を吸おうとするリーンが見れるので、ありがたい事この上ないが。

ごちそうさまです……………。



牙を抜いて傷をぺろりと舐め、体を起こしたリーンの肌はツヤッツヤに輝いていた。

よく見るとまだ残っていた傷もほとんど癒えている。


満面の笑顔で「はふぅ〜」と呟くその姿は凄く幸せそうである。

すごいな吸血鬼の再生力…………。

血を吸うだけで体力も回復するとは。





「……………で、リーンはこの後どうする?」



食事も吸血も一段落して、二人でコーヒーや果実ジュースを飲んでまったりしているかたわら、俺はそんな事を聞いた。

さすがに、いつまでもここでキャンプって訳にもいかないからね。



「そうですね……………やはり、一度国に帰ろうと思います。目的はちゃんと達成しましたしね。そこでなのですが─────────」



一拍置いて、リーンがにっこり微笑みながら。



「マシロさん、私の護衛をしていただけませんか?」



ほほう。

まぁ何となくそう来ると思ってたよ。

…………護衛、か。

まだ魔王に襲われてた理由も聞いてなかったし、また何かあったら心配だしなぁ…………。

どうせ暇だし、行くか。



昨夜のうちに皆には帰るのが数日遅くなるって連絡してあるし、問題は何も無い。

仮にあるとすれば、帰ったらひたすらにかまってかまってされるくらいか。



「分かった、護衛として一緒について行くよ。国ってのはダグールで合ってる?」

「はい。おそらく、ここからは数日くらいかかりますね」







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