第100話 閑話 とある少女






「……………むにゃ…………すぅ、んむぅ…………」



横長の小さな机の上にたくさん積まされた書類の山の中から、そんな気持ち良さげな寝息が聞こえてくる。

ここは鬼人のクニが誇る"夜桜よざくら城"の上階に位置する執務室。


ちなみに"夜桜城"とは、"夜、静かに風に舞う桜はお酒のさかなに最高だ"、と言う意味を冠した、どこかの誰かさん発案のクニの象徴だ。

断じてふざけてはいない。


その中でも執務室は特に力を入れて作られており、そこを使う酒呑童子や茨木童子への敬意が伺われる。

ワルーダの謀反むほんが集結し、やるべき事は沢山ある。


そのため、本来は色々な役職の鬼人が執務室を出入りしたり、書類にペンを走らせる音が聞こえたりするはず…………………………………なのだが。



どれだけ耳を澄ませても聞こえてくるのは寝息だけ。




「…………………うへ〜。君たちぃ、おじさんと遊ぼうよぉ〜…………」



………………………………………あと、この変態おじさんみたいな寝言。

にまにましてこんな事を口走ったのが男だったら、即刻国家権力のお世話になってしまうだろう。

もちろんこの寝息寝言の主は、言わずもがな酒呑童子こと酒香シュカ


机に置いた書類を枕にすやすや無防備な寝顔をさらしているが、これでも一応鬼人のクニの領主である。

城の修復やなんやらの大事な書類にヨダレが垂れまくって池を作っているが、誰がなんと言おうと領主なのである。


その色々な意味であまりにも悲惨すぎる光景に、執務室の机の前に立っていた長身の女性の額にビキッ!と青筋が立った。



「お・ま・え・は!何してるんだシュカアアアアッッ!!!」

「あぅ…………!?そ、薔華ソーカちゃん、苦しいよ〜……………」



ズカズカと横に回り込み、机に突っ伏したシュカをチョークスリーパーで叩き起すソウカ。

恨みの籠った不意打ちにシュカは目を白黒させ、頬にヨダレをべっちょりつけたままじたばたもがく。


が、完全にキマッた首絞めはそう簡単に外れず、加えて顔面に押し付けられた爆乳による別の意味の窒息と身長差によって、結局ただぷら〜んとぶら下がる事しか出来なかった。


いかに天下の酒呑童子と言えど、ここから抜けるのは至難の業らしい。

普段なら胸を揉みしだくくらいの抵抗はあるが。



「さて、それじゃあ言い訳を聞かせてもらおうか?重要書類を枕にした挙句あげく、ヨダレまみれにしておしゃかにした言い訳をな」

「…………っ!もが、もががっ……………」



笑顔なのに目が笑っていないのが本当に怖い。

敏感にそれを察知したシュカが何やら言おうとするが、全て爆乳に遮られてもがもがと振動を伝えるだけだ。



「んっ……………まったく、少し目を離した隙にもうこれか」

「ぷはっ!……………だって面倒くさいんだも〜ん。ボクもマシロ達と温泉行きたかったよ〜」

「少なくとも書類が終わるまではダメに決まってるだろ。四泊するらしいから時間はある、さっさとやってしまえ」

「え〜」



胸に顎を乗せてぶつくさ言うシュカを椅子に降ろすと、ペン立てから何かの羽でできたペンを手に取って器用にクルクル回す。

しかし、ソウカの笑顔の圧でさすがに観念したのか、大人しく書類にペンを走らせ始めた。

とは言っても、シュカがやる事は書類に目を通したり、サインしたりなど簡単な事ばかりだが。

本人いわく淡々とした文字を長々と書いた文章を読むのが苦痛なのだと。

分からなくもない。



「………………そう言えばソーカちゃ〜ん」

「なんだ、休憩なら三時間後にしてくれよ?」

「マシロが連れてた…………………ちょっと待って、ソーカちゃんそれは冗談だよね?」



書類から目を離さずなんとなしに話しかけてきたシュカに対して、ソウカもまたなんとなしだが、シュカ的には絶望の宣告で応える。

だらける事が生き甲斐のシュカにとってはまさに死刑宣告に等しい。

なので、話題が逸れるのも気にしないで思わず反応してしまった。


こほんと咳払い。



「ソーカちゃん、君はマシロが連れてたについて、どう思った〜?」

「…………………まぁ、言いたい事は分かるよ。面影もあったしな。何百何千の時が経とうと、ヤツの血は残り続けたって訳だ」

「だね〜。しかも、あの子はたぶん自分の体の異質さに気がついてるよ~」

「……………………封印は、まだ解けないんだろう?」

「うん、今のところはね〜。でも…………不測の事態なんていくらでもありえるよ」



シュカが書類から目を離し、溜息をつきながら目をつむる。

そして、再び目を開けた時には。


ピリッと周囲の大気がヒリつき、物理的な圧力をもって床や家具をギシギシと軋ませる。

もうシュカには先程までのだら〜っとした雰囲気は無い。

その圧倒的な妖力は思わずソウカが冷や汗をかいてしまうほど。


瞳孔どうこうからくれないの軌跡を残し、マシロ達が居るであろう方向を見つめて。



「めんどくさいけど、あいつを復活させるのは嫌だからね〜。頼んだよ〜、マシロ」





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