第87話 フィジカルモンスター






「うがああああっ!」


「よっ、ほっ!」



人外の力で振り下ろされた刀をてのひらで受け止め、斜めに流しながら男の腕を絡め取って一本背負いを喰らわせる。

さらに、その隙に背後から振り下ろされていた刀も避け、裏拳で持ち主を攻撃。

振り返りざまに仰け反った男の胸ぐらを掴んで、足を払う。

面白いくらい綺麗にくるりと回転。

男は頭と足の位置を逆転させそのままグシャッと落下した。


うーむ、全く勢いが衰えないな…………。

ドラゴンゾンビを一体倒したは良いものの、やはり理性が無い兵士達には恐れという感情も無く、ひたすらに無謀な特攻を繰り返すばかりである。

リミッター外れてるから力も通常より強くなってるし、これじゃらちが明かん。


鬼人達をあしらいつつ、視線だけ崖の上に陣取るワルーダの方に向ける。

ここからだと結構遠い。


もちろん転移はやろうと思えばできる。

無防備に水晶を持ってるから破壊自体も簡単そうだ。

しかし、本当に水晶を破壊することで鬼人達が開放される確証がない以上、下手に刺激出来ないのが現状だ。

仮に水晶を破壊してしまった場合、解き放たれた呪いが暴走するなんて事態もありえなくは無い。

必ずしも鬼人達の呪いが消えるとは限らないのだ。

そんな状態で確証もなく行動するわけには行かない─────────と言うのはあくまで建前で。

本当の理由は…………まぁね。





今度は俺とワルーダのちょうど間に居るクロに視線を動かす。

クロはドラゴンゾンビを二体同時に相手している。


紫に輝く目を怒りに染めて、二体のドラゴンゾンビがドスドスと爪での攻撃やブレスを放つが、一向にクロに当たる気配がしない。

俊敏な動きで巧みに敵の視線を撹乱かくらんし、混乱しているうちに氷属性の魔力を纏ったダガーでぶっとい腕を断ち斬った。



『ギャオオオオオッ!?』



片方のドラゴンゾンビから悲鳴じみた雄叫びが上がる。

斬られた腕が再生しない事に驚きを隠せないようだ。

なるほど…………傷口を氷で遮ることによって、一時的に再生を阻んでるってわけか。

器用だなぁ。


ちなみにクロはあまり光属性の適性が高くない。

と言うか無に等しい。

なので、本来アンデット相手だと不利なはずなのだ。

だがそこは技術でカバー。

さすがクロ。


うん、やっぱりクロは任せておいて大丈夫そうだね。

こういう時の安心感が半端ない。

クロなら何とかしてくれそう、と結構本気で思えるくらい頼もしい。


となると、心配なのはイナリなんだけど──────────おぉっ!?




『グギャアアアスッ!!?』




ふっ、と巨大な影が悲鳴と共に真上から降ってきたかと思うと、衝撃でメキメキとヒビを刻みながら地面に叩きつけられた。

巻き上げられた風と砂煙で周囲の鬼人達はひとたまりもなく吹き飛ばされる。

苦悶くもんの表情で横たわっているのは、俺が最初相手をしていたドラゴンゾンビより一回りか二回りほど大きいサイズのやつだ。


ついさっきまで、今も様子見してる奥のドラゴンゾンビの隣に鎮座ちんざしていたはずなのに、いつの間にこんな所に…………?

他の三体と違って、残り二体のドラゴンゾンビは戦闘が始まっても、ずっと奥の地形的に盛り上がった場所で静かに戦場を睥睨へいげいしていた。


感じる気配も他と比べてかなり大きかったので、ボス格のこいつらが出てくるのは最後の方かなと考えてたのだが。

思ったより早かったな…………。



「あっ、ご主人様!どうです!?私だってやればできるんですよぉ!」



仰向けに寝そべるドラゴンゾンビの腹の上で、耳をピコピコしっぽをブンブン振り回しながらイナリが手を振る。

おおぅ………イナリだったのか、こいつを吹っ飛ばしたの。

残念っぷりが否めないけど、フィジカルモンスターの名は伊達だてじゃないって事か…………。




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