第65話 キツネっ娘イナリ(4)






「そんな事ないです!ご主人様は軽々と治しちゃいましたけど、元からあったあの傷、私の一族に代々刻まれただったんですよ?簡単に言うと呪縛みたいなものです。それをあっさり治して、ギュッてしてくれて……………そんなの、コロッといっちゃうに決まってます!」



真剣な表情を作って話してたと思ったら、また残念な感じが戻ってきた。

正直に言って、今更真剣さを入れても挽回できない残念さをすでに発揮しているのだが…………それはツッコまないでおこう。

まぁとにかく、イナリが言いたいことは分かった。



「そ、それに、私とつがいになったらこの胸も耳もしっぽも好き放題できますよ!触り放題です!」



依然反応を変えない俺に煮えを切らしたイナリが、あざとく上目遣いで見上げながら自身の胸を持ち上げ、耳としっぽを主張するようにピコピコ動かした。

たゆんたゆん自在に形を変える双丘に視線が吸い寄せられて────────ハッ!?


俺はふいっ、と視線を逸らす。



はっ!とするイナリ。



俺の反応に味をしめたイナリが、膝の上のクロを押しのけて俺に迫り、しっぽを全力でブンブン振り回しながら嬉しそうに俺を抱きしめる。



「ふっふっふっ、やっと反応してくれましたね!そうですか、ご主人様は私のを触りたいんですね!?」


「いや当然違うと言えば嘘になるけどそれは男のさがであって決して俺が進んで触りたいとか思っている訳ではなく、至って正常な反応であるからして仕方の無いことだけどケモ耳やしっぽに関しては許されるべきだと私は思いますこれは単に俺の好みなので」


「ですよね!もぉ〜、それならそうと最初から言ってくださいよぉ!ご主人様なら好きなだけ触ってくれてもあべんぬ!?」

「調子に乗るな」



興奮してグイグイと距離を詰めてきたイナリが、クロの怒りのビンタを喰らって空中で切り揉みし、顔面から地面にダイブした。

車にかれたカエルのような姿勢でビターンッ!と地面にへばりついている。

結構痛そうな音がしたけど大丈夫なのだろうか…………。


それ以前に、圧倒的に女の子がしちゃいけない格好上位に輝くであろう状態なのはツッコむまい。

やはりイナリは残念なキツネっ子だ。

ついさっきの真面目な雰囲気とか全てをぶち壊す勢いの残念具合。

だが、イナリが決してわざとやってる訳ではないのは分かっている。


おそらくこれが素なのだろう。

めそっと涙目で頬を押えたイナリが、女の子座りでこちらを見上げる。

何とも哀れを誘う残念さだ。

しかし。



「ノエル、俺の一番はずっとノエルだけだから、な?」

「真白………!うむ、ワタシも真白が一番なのだ!」

「主、クロは?」

「クロも大好きだよ」

「ん〜」

「ご主人様」

「おう」



ノエルを膝の上に乗せてギュッとし、後ろから抱きついてきたクロをモフモフ、そっと腕を取り寄り添うアイリスと手を繋ぐ。

もちろん恋人繋ぎ。

自然と漂うほわほわとした雰囲気は、見る者全員にまるで砂糖の塊を思いっきり頬張ったかのような甘ったるいものを感じさせる。


が、ここに居るのは除け者キツネただ一人。

何が悲しくて、想い人が他の女とイチャイチャするのを見せつけられなければいけないのか。

軽く拷問かもしれないが、残念ながらこれが現実。

これを見たら、さすがのイナリでも諦めがつくのでは─────────と思っていたのだが、どうやらイナリの想いはそう軽いものでは無かったらしい。



「うぅ………しょ、しょうがありません。今日のところは引き下がります!ですが─────」



涙をぐしっと乱暴に拭き取り、決意に満ち溢れた瞳で少女は吠える。



「こうなったら…………これから毎日、私に惚れるまでご主人様に付きまとってやりますぅ!!」

「え、普通に困るんだけど………」

「ぜぇぇったいに、ご主人様を振り向かせてみせますからぁあああっ!!!」




扉を開け放ち、泣きべそをかきながらイナリはどこかへ走り去って行った。



「嵐みたいな子だったな………」

「ん。でも根性はある」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る