第64話 キツネっ娘イナリ(3)
「すまん、思わず我を忘れてた………」
「いえ、こちらこそすみませんでした………」
皆を落ち着かせ、椅子に座らせた少女が恥ずかしそうに
涙目で頭をさすりながらぺこりと頭を下げたキツネっ子こと、"イナリ"の言葉に呼応するように、獣人の象徴たるしっぽと耳がピコピコ揺れる。
……………思わず触りたい衝動に駆られるが今は我慢だ。
と言うかそもそも触れない。
俺の両腕に抱きついたノエルとアイリスがピッタリ体をくっつけて離さないし、膝の上に乗ったクロも一切退く気はないようだ。
いやー、それにしてもまさか、あの子狐がこんな美少女だったなんてな。
イナリがあの時の子狐だと言う事は、先程正座させたイナリから聞いて確認済だ。
目の前で子狐に変身したのだからもうこれは疑いようがない。
イナリ
そうなると相当珍しい能力なのだろうか。
そしてそれとは別に、イナリがなんでここに来たのかも聞いた。
イナリが語った内容を要約するとこうだ。
彼女は元々、日出ずる国、ジパングの外れにある小さな村に住む一族の生まれで、イナリの一家は代々あるものを守りながら暮らしていた、狐人族の中でも特に由緒ある家系らしい。
狐人族は幻術や魔法による変化が得意で、肉体的スペックも他の亜人に比べて高いことから、亜人の国"セルニア"では軍事的な役職につくことが多いのだとか。
そんな種族の中でも異常なほど全ての能力値が高く、自由奔放だったのが、今俺達の目の前に居るイナリ。
本来一族の宿命たる"あるものの守護"のため、村に常駐しなければいけないはずだった彼女は、その人一倍大きい好奇心に負けて、無断でこちらの大陸に渡ってしまった。
目にするもの全て新たな体験であるイナリにとって、こちらの大陸は夢のような世界。
イナリは大はしゃぎで色んな場所を見て回った。
しかし、空が夕焼けに染まった時刻、彼女はある重大な問題に気がついた。
お金が無い。
通貨がジパングとこちらの大陸では違う〜とか、スリに盗まれた〜とかじゃなく。
単純にはしゃいで使いすぎた。
一年半頑張って貯めたお小遣いをたった一日で使い尽くしたのだ。
そして、さらに運の悪いことに道に迷った。
どちらから来たのか、人が多すぎて皆目見当もつかない。
仕方がないので、ぐぅ〜……と空腹を知らせるお腹の音を聞こえないふりをして、とりあえず思いつきで東の方に歩いた。
なるべく体力の消費は避けたいので、燃費の良い子狐姿に変身してだ。
翌日。
一日中歩いたが、今度は行きに通らなかった全く知らない村に着いた。
看板には"カディア村"の文字。
空腹で今にも倒れそうだった彼女は、ふらふらと歩いてとある農家の畑にたどり着いた。
そこで、美味しそうに実る赤い野菜を発見。
ダメな事と分かってはいたが、丸一日何も食べていない空腹に抗えず、それにかぶりつこうとした。
が、そこであのトラバサミに引っかかってしまったらしい。
足に鋭い衝撃が走り、倒れて動けなくなった。
見たことはなかったが、それの正体が罠だとすぐに分かった。
自分はどうなるのだろう。
正直にわけを話せば許してくれるだろうか。
抵抗する気力もなく、湧き上がる恐怖に耐えていると、向こうからガサゴソと背丈の高い草をかき分ける音がした。
現れたのは少し身長の低い少年。
匂いが違う。
この人は、罠を仕掛けた張本人ではない。
少年は、心配そうに罠を外して傷を見ると、あっという間に回復魔法で治して見せた。
しかも、
少年が後から来たもう一人の少年と何か話していたが、イナリの耳には何も入ってこなかったと言う。
どろどろになった体を洗って、温かい風で乾かしてくれて。
ギュッ!って抱きしめてくれた。
今更人間の姿には戻れない。
今戻ったら顔が真っ赤なのがバレてしまうからだ。
かっこよく助けてくれて、優しくギュッと抱きしめてくれた少年。
名はマシロと言うらしい。
イナリは思った。
この人に、私の全てを
「───────という訳で、ご主人様!惚れました!もうゾッコンです!私と
「断る」
「まさかの即答!?そ、そんなぁ…………もう少し考えてくれてもいいじゃないですかぁ」
長々と頬を染めて話した
もし仮にこのためだけにここに来たなら不憫でならないが、俺の返事は変わらない。
て言うか、今の話のどこに惚れる要素があったのか分からん。
俺はただ手当しただけなのに…………。
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