第46話 終幕(2)





「それと、こちらをどうぞ」



ダグラスさんがそう言うと共に、後ろに控えていた受付の女性が一歩前に出る。

その手には、小さなふかふかのクッションのようなものが乗っていた。



「これは…………バラ?」

「はい。"氷面鏡ひもかがみの薔薇"と呼ばれるアイテムです」



そこに乗っていたのは、一本の真っ白い萎れたバラ。

客間で俺が見たのとは違い綺麗な氷のように透き通っていて、かすかな冷気を辺りに撒き散らしている。

しかし、触るとちゃんと植物の感触がする。

名前以外全てが"unknown不明"なのも含め、とても不思議なバラだ。



「いずれ必要だと感じた時に、クロにお渡し下さい。必ず役に立つはずです」

「……………分かった。受け取っておくよ」



女性からクッションごとバラを受け取り、【ストレージ】の分かりやすい位置にそっと置く。



「真白ー!」

「お、話は終わったの?」

「うむ!真白よ、今夜は楽しみにしておくがいいぞ!」



ガバッ!と後ろから抱きついてきたノエルが楽しそうに笑う。

……………そのセリフ的に、遅れてきたアイリスの顔が真っ赤なのがすごく気になるんだけど。

もしかして何か変な事教えこんだりしてないよね…………。


ふと一抹いちまつの不安が頭をよぎった。



「おや、もうこんな時間でしたか。それでは皆さん、帰り道には気をつけてお帰りくださいませ」

「ああ。ダグラスさん、色々ありがとう」

「お菓子美味かったのだ!」

「ダグラス様、長い間お世話になりました」

「ん、ばいばい」



いやほんと、うちのノエルがすんませんでした。

お宅のお菓子大量に食べちゃったそうで………。

ダグラスさんは笑って許してくれたから良かったけど…………ものすごく申し訳ない。


ぺこりと一礼してからダグラス商館を離れ、赤く染まる夕焼け空の下、メインストリートを外壁向けて歩き始める。

本当はこのまま転移魔法で即行帰ることはできるんだけど、あんまり人前で使いたくないんだよね。

理由はそもそも転移魔法を使える人が少なすぎて、希少な魔法らしいから使えると知られると何が起こるか分からない。


特に冒険者に見られると、しつこくパーティー勧誘とかされるかもしれないしね。

なるべく移動を早く済ませたい冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい魔法のはずだ。

てなわけで、一度王都から出て人目のない場所で転移しようと思う。









「んぅ〜…………あるじぃ……ねむい……」



メインストリートを半分ほど進んだところら辺で、ずっと俺の袖を掴んで歩いていたクロが目を擦りながら俺をよじ登り、頭をぐりぐりしながら訴えかけてくる。

あー、今日は古城行くのにもそれなりに歩いたし、疲れちゃったのか。



「しょうがない、家に着くまでだぞー」

「あい………」



呂律ろれつの回らない返事をしてから少しすると、すぐに後ろから寝息が聞こえてきた。


こういう所は子供っぽいのな……。

首に回していた手が緩んでズルズル落ちるクロを背負い直す。

それから十五分ほど歩くと、昼の時居た大量の馬車や人が見る影もなくがらりとした外壁の門にたどり着いた。

そこで入った時と同じお兄さんに手続きをしてもらって外に出る。



「んー…………あそこの岩陰がちょうどよさそうだね」

「うむ。多少近いが、まぁ問題ないだろう」



入口から少し離れた場所に、全員が隠れられそうなちょうど良い大きさの岩を見つけた。

少し近い気もするけど、周りに人がほとんど居ないこの時間帯なら大丈夫なはず。



「………んぅ………お腹すいた……はむ……」

「おぉふっ………」



むにゃむにゃ言いながら顔を前に傾けたかと思うと、突然はむはむ耳を甘噛みしてくるクロ。

柔らかい唇と舌が触れる未知の感触にゾクゾクと背筋が震える。

い、息がくすぐったい………!



「あらら、ずいぶんお腹ぺこぺこみたいですね」

「だね。クロー、頼むから家に帰るまで我慢してくれー」

「あい………頑張る……」



俺の耳にヨダレと歯の跡を残して離れたクロが再び夢の世界に旅立つ─────────寸前に。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る