第37話 紅魔の魔王グレン(5)





俺は思わず剣を引き抜こうとしていた手をピタリと止める。


"目に狂いは無かった"………?

話が見えてこない。

そもそもなんでグレンは攻撃してこなかった?

さっきなら不意打ちも出来たはず。



『お前、名をなんと言う』

「…………夢咲真白」

『そうか………。マシロよ、我にはもう時間が無い。だが、お前ならこの呪いに打ち勝ち、忌まわしき彼奴を滅ぼせると我は信じている』



厳かに話すグレンの体にピシリとヒビが入った。

亀裂は亀裂に繋がり、どんどんその範囲を広めていく。

呪い?彼奴?

急にそんなこと言われてもなに一つ分からない。


てかそれ以前に話に脈絡が無さすぎる!

ただでさえこっちは意味分かんない再生力に混乱してんのに、そこに追い打ちで割と大事そうな新情報を出すんじゃない!

頭がパンクするわ!




『お前が気にしているこの魔力と治癒力も呪いの産物だ。我は人形。彼奴の封印を解くため贄を集める生きた人形だ』

「ちょっと待って、いきなり何の話をしてる?しかも呪いだって?誰がそんな事を…………」

『すまないが、それは言えない。あまり核心に近いことを言えば、呪いの効果で我は消滅してしまう。一言も残さず、一瞬でな』


「……………………」


『この呪いは彼奴の復活のためにある。対象は呪われた瞬間から、封印を解くために必要な贄を集める人形となる。我もそうだ。本人の意思なんぞ関係ない』



またグレンの体のヒビが多くなる。

ヒビはついに上半身を制覇し、首にかかる。



「敵討ちして欲しいってこと?悪いけど、もしそういう事なら──────」

『その程度の話ではない。彼奴が復活すれば、世界が滅ぶぞ』

「………………いきなりそんな事言われて、どうしろと?」

『全てお前に任せる。だが、必ず彼奴とお前は相見えることになるだろう。この呪いがある限りはな』



グレンは一方的にそこまで話し終えると、地面に刺していた大剣を引き抜いて遥か上空まで飛び上がる。

すでにひび割れはグレンの肉体全体に広がり、所々の皮膚が風化してサラサラと散り始めている。

それなのにグレンは一層瞳を獰猛に輝かせて紅黒い魔力を纏う。

今までで一番大きい圧倒的な魔力だ。



『これが我の全身全霊、最後の一撃だ!お前の力を魅せてみろ、マシロオォォォォッ!!!』



荒れ狂う魔力を纏いさらに巨大化した大剣が雲を斬り裂いて振り下ろされる。

暴走するエネルギーの竜巻がグレン自身の肉体を激しく損傷させるが、そんなのお構い無しの言葉通り最後の一撃。


紅黒い光が大地を照らす。


これはやばい。

何もしなければ間違いなくここらが消滅する勢いの技だ。

俺だってさすがに無傷じゃ済まないだろう。



素早く右手で柄を握って左手を鞘に添え、居合の構えをとる。



「………………しょうがない。お望み通り、少しだけ俺の力を見せてやろう」



言うやいなや、途端に体から純白のがオーラのように溢れ出す。

魔力ではない。

全てを包み込むように温かく、それでいてただただ純粋なまでの力の塊が俺を中心に渦巻き、荒れ狂う紅の竜巻に対抗する。


チャキッ…………、と左の親指で鍔をほんの少し持ち上げると。



「剣神直伝奥義、"白牙一閃びゃくがいっせん"!!」




キィンッ…………!




無音の世界に響くは、たった一つの心地よく澄み切った音色。

遅れて純白の剣閃がきらめき、神速すら超えた不可視の斬撃が迫る紅を斬り裂いて天に昇る。



空が割れた。



分厚い雲に真一文字の傷をつけた純白は天で爆ぜ、その莫大なエネルギーを持って空を覆う全てを吹き飛ばす。



グレンの魂の気配が消えた。

どうやらもう再生することは無く、完全に消滅したらしい。

……………最後にグレンから感謝の気配がしたのは気のせいだったのだろうか。


自分の事を人形だって言ってたし、もしかしたら死ぬことによって呪いから解放されたかったのかな…………なんてな。


純白のオーラを引っ込め、真横に振り抜いていた剣を鞘に戻す。

よし、今度こそ終わり────────────。




ヴヴッ!



じゃないですよねぇ!

あぁもう、今度は何!?


見上げると、晴れ渡った空に所々ノイズが走っている。

驚く間もなく大きく広がったノイズは空を紅黒く染め、割れた空中に巨大な魔法陣を描いた。


その中央からドプッ………、と黒い液体が溢れて人型の姿を形取る。

遠すぎてちゃんと見えないが、たぶん俺よりずっと小さいワンピース姿の幼女だ。


幼女の双瞳が眼下の俺を捉える。

敵意はない…………が、そもそも生命反応すらない。


〈鑑定〉で見ても"unknown"としか表示されないぞ。


未だに宙に浮かんだまま何もしてこない幼女をいぶかしげに眺めていると、不意に階段から降りるように一歩踏み出した幼女が、ふわふわと風に揺られながら俺向けてゆっくり降りてくる。



「えっと、君って何者?」


『…………………………………』




返事はない。

意思疎通は取れないのか…………?


そんな事を思ってる内に、幼女が俺の目の前に辿り着いた。

いざという時のために左手は黒剣から離さない。


しかし、幼女は以外にもふわふわと幽霊のように浮かびながら、周りをくるくる回って色んな方向からぽけ〜っと俺を眺めるだけで何もしてこない。


あ、あれ?

なんか思ってたのとだいぶ違ったんだけど………。


謎の幼女の予想外な行動に思わず困惑してしまう。

ふと、幼女が何か気がついたような顔をして、俺に顔を近づけてきた。



スンスン、スンスン……………。



なぜか匂いを嗅いでいる。

なんで?

クロと言い最近そういうの流行ってるの?



『…………………見つけた』

「喋ったし」



めちゃくちゃ普通に意思疎通できるじゃん。


そう思ったのも束の間。

幼女はそっと近づくと、不意打ちで俺の唇を奪った……………………気がした。

と言うのも、実は幼女には実体がないらしく、キスされたと思ったらそのまま俺の体をすり抜けたのだ。




…………ふ、ふふ、ふふははははは…………………あーびっくりした。



あぶねぇ、もし本当にキスでもされてたらノエルが黙ってないからな…………………。

冷汗をかきながら振り返ると、幼女が"イタズラ成功!"みたいな顔でシシシッ、と笑っていた。



こ、こいつ……………てっきりグレンが言ってた、呪いか何かの化身的なやつだと思って警戒してたのに、思ったより普通の子供っぽいじゃないか。


勝手にいかにも"極悪非道!"みたいな感じを想像してた。

てかこの子本当に呪いなの?

こんな無邪気な様子を見てると、とてもそうには思えないんだけど…………。


ジト目で幼女を見つめる。

それに気がついた幼女は、笑うのをやめて首を傾げながら興味津々な瞳で俺を見つめる。


見つめ合うこと数秒。


幼女が再び俺に近づいて、今度は両頬にピトッと手を触れさせた。


若干冷たい。

触られていないはずなのに冷たく感じるとはこれ如何に。


絶妙な表情をしている俺をよそに、幼女は笑顔のまま目を閉じて、額と額をコツンとくっつける。



『……………ずっと………ずぅーーっと、待ってるの』




次の瞬間、漆黒の光とともに額に熱い何かを感じた。


思わず目を閉じる。

もう一度目を開いた時には、例の幼女は影も形もなかった。

空の魔法陣もノイズも消えている。


眩い太陽は、荒野で一人辺りを見回す俺だけを照らしていた。




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