夢幻

第1話

私が彼女に出会ったのは、高校二年生のクラス替えのときだった。


始業式の日。私は予鈴が鳴る一時間前に登校した。掲示板にでかでかと貼られたクラス表を確認して、教室に向かう。

一年生の頃に仲の良かった友達とは、クラスが離れてしまったけど、自他ともに認める人懐っこさを持つ私だから、友人の一人くらいはきっとすぐにできるだろうと思っていた。

学校のクラスとは、同じ電車に乗り合わせた乗客と同じようなものだ。穏やかに終点まで辿り着ければそれでよかった。


新しい教室に入ると、前の黒板にA4の紙が貼られていた。その紙には、“窓側から廊下側に向かって、出席番号順に座ること。”と印刷された文字と、簡単な図が手書きで書かれている。

また教卓には、出席番号とクラスメイトの名前、ふりがなが印刷されたクラス名簿があった。

二枚の紙を照らし合わせると、私の座席はいちばん後ろの席になった。

自分の席の前に立つ。クラス全体を見渡せて、眺めがいい。なかなかいい席だなと少し新生活への期待に胸を膨らませた。


私は昔から、人のいない教室でただぼーっとするのが好きだった。

ぼーっとすること自体が好きだけど、人生で立ち入ることが限られた非日常の空間は、今だけしか味わえない。


通学鞄を机の横にかけ、席に座った私は、そこから何も考えずただぼーっとした。

しばらくすると、少しずつ人が集まってきて、教室の中が騒がしくなる。


そんなときに彼女はやってきた。

彼女が教室に入った瞬間、私の意識は彼女に奪われた。

彼女を見たとき、輪っかも翼ももがれて、地を這う天使のようだと思った。泥にまみれて傷だらけでも立ち向かう戦士のような強さと桜の花びらが散るような儚さがあって、その美しさに夢中になっていく。


彼女は教室に入ってきて、私と同じように黒板の紙を見た。

彼女は私の方に向かってくる。

自分の心臓が高鳴って、はっきりと聞こえる。

彼女は私の前の席で歩みを止めると私の前に立って、「よろしくね。」と挨拶をした。


その落ち着いていて、透き通った声は今でもよく覚えている。

長い睫毛に大きな瞳。全てを吸い込みそうな黒髪が、嫋やかになびく。

こんなに綺麗な子を学校で見かけたら嫌でも覚えているはずなのに、何故か私は思い出せなかった。なんて寂れた人生を送っていたんだろう。


私は彼女に運命的なものを感じた。友達になりたいと思った。だから彼女に向かって「よ、よろしく!」と浮き足立った声で返事をした。

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