対比
かぼちゃ天
甘味
この喫茶店の独特の雰囲気と香りが好きで、最初は通っていたはずだった。
20歳。この歳になってもコーヒーの良さがイマイチ分からず、いつもマスターから出される甘い紅茶に砂糖を入れて飲むのが日課だった。
「おねーさん、甘いの好きなんすね!」
「え、?」
急に知らない声が横から聞こえてきて、反射的に私はその方向へと顔を向けた。
「今日からバイトで働くことになりました!19歳、大学生の新井です!よろしくお願いしまーす!」
お世辞にも人入りが良いとは言えないこの店に、このボリュームの声はよく響く。
正直、このテンションは私には苦手で、どもりながら「よろしくね。」と返すのが精一杯だった。
そうは思いつつも、店に通い、毎週のように店に飾る花がどうだとか、新作のケーキの甘さがどうだとか、世間話をしていれば、人懐っこい彼に慣れるのは早かった。
今思えば、私は彼の事が好きになっていたんだと思う。甘い紅茶を飲むことを目的として通っていたのに、いつの間にか彼と話をするために喫茶店へ足を運んでいたのだから。
「いつか気持ちを伝えよう」という心構えだけは立派で、足繁く喫茶店へ通っていたある日だった。
「俺、今週でこの仕事辞めるんですよ。今まで色々話に付き合ってくれてありがとうございました!」
急な報告に頭を殴られたようなショックを受けた。何か言葉を発さなければ、
必死の思いで口を開いた。
「な、なんで…?」
「高校の時から付き合ってる彼女がいて、プロボーズの指輪買うために、アルバイトしてたんです。そろそろ買う目処が付きそうなので
…」と幸せそうに言う彼を直視する事が私にはできず、綺麗に磨かれたカウンターに目線を落とした。
「そ、うなんだ。頑張ってね。」
ぎこちなくも、返事をした私を褒めてあげたい。
「はい!おねーさんに応援してもらえれば百人力な気がします!」
ケーキと紅茶を置くと、彼はニコニコしながら店の奥へと向かっていった。
心構えが立派だったとしても、言葉にしなければ相手に気持ちは伝わらない。昔から言われてきた事だろうに、そんなこともできない自分が惨めになってくる。
普段なら、直ぐにコップに手をのばすのに、今日だけは身体が動かなかった。きっとあまりのショックに体内が甘い物を受け付けていないのだ。
あぁ、珈琲が飲みたい。苦いだけだと思っていた液体で恋心も飲み干してしまいたい。そう願っても、目の前の甘い液体は変化する訳なく、私は途方に暮れた。
対比 かぼちゃ天 @m0unemui
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