母からの贈りもの

 次にお話しするのは、オネコサマのうわさが、まだ一部の人々にしか広まっていない時の逸話いつわである。


 清能せいのうのお国の、領主の弟の刑期が始まったばかり頃の、庶民街での出来事らしい。

 

 

 ある日、すごく人気のある一軒の老舗しにせ蕎麦屋そばやでは、なぜか悪いことが続いていたそうな。

 店の老朽化ろうきゅうかにも悩んでいた時期に、突然、女将が心不全で亡くなってしまったのだ。

 

 女将の家族は、近所で評判なほど、皆大変仲が良かったため、家族の悲しみはとてつもなく深く、皆は生きる気力も無くしかけていた。

 料理人の女将の夫は、店の老朽化ろうきゅうかを機に蕎麦屋そばやを止めて、転職まで真剣に考え始めてしまっていたそうだ……。


 何とか冷静さを保っていた十三歳の長男は、「お客様が待っているから」と、必死で蕎麦屋そばやを続けるよう、父親に繰り返し説得した。


 しかし、父親はかたくなで、毎日求人情報の収集に没頭し、一切長男の話を聞こうとしなかった。


 その一方で、内気な幼い八歳の次男は、納骨後に、毎日朝早く、一人で女将の墓前に行っては、時より目をうるませ、手を合わせながら、「お母さん……。僕たち、これからどうすればいいの?」と小声でつぶやいていたのだった。



 そして、時は少し経ち、女将の四十九日の法要の日になった。


 法要後、次男が夕方にまた一人で、女将の墓前に行った時、一匹の猫がどこからなのか、彼のそばにやって来たのだ。

 その猫は、なぜかウーウーと何度も何度もうなっていたので、次男はすぐに猫に気が付いたらしい。


 すると、次男が猫に向かってしゃがんだ時、彼は猫が一枚の紙切れをくわえているのに気付き、無意識にそれを受け取ったのだった。


 その紙切れには、『どうか、お店は止めないで! 街の長老様に相談したら、いいと思うわよ。 母より』と、書いてあったそうだ。

 手紙のようだったが、手紙の文字が、亡くなったはずの蕎麦屋そばやの女将の文字にあまりにも似ていたので、次男はすごく驚き、全速力で家に帰ったという。


 そして、次男は、長男から長老の家の場所を聞くと、急いで出掛けたのだった。



 長老は無愛想で無口。また、蛇好きな変わり者で、家で蛇を数匹飼っていた。

 庶民街の人々は皆、気味悪がっていったが、純粋な次男は、躊躇ちゅうちょなく長老の家を訪ねたのだった。


 次男が、長老に女将の墓前で起きたことを全て話し終えると、長老はすでに『オネコサマ』のうさわを聞いていた一人のようで、何かピンときた感じに見えた。


 それに、あの手紙を持ってきた猫の特徴が、数ヶ月前に領主の屋敷に現れた不思議な猫に完全に一致していたことを、次男はこの時に初めて知ったのだ。


 長老は「あの猫は、神様か仏様の使いかもしれないね」と、優しく次男に言葉を返した。

 さらに、「だったら、あの手紙は間違いなく亡き女将からの物だろう。それ故、あの猫には感謝しなさい」と、微笑みながら言った。


 次男は、長老が本当は温かい人であると知り、その人柄の故に人脈も広かったようで、快く蕎麦屋そばや老朽化ろうきゅうかを格安で直してくれる人を、すぐに紹介してくれたのだった。



 そうして翌日には、長老は知り合いの業者と一緒に、次男一家の蕎麦屋そばやへ行き、女将の夫に素早く改築かいちくの提案をしてくれたそうだ。


 長男だけでなく、女将の夫も長老の心優しい行動に心底感動し、すぐに心を入れ替えて、蕎麦屋そばやを続ける決意をしたのだった。


 その後、蕎麦屋そばやは、あっという間に腕の良い大工たちに改築かいちくされ、次男の家族は皆元気を取り戻し、店は改築かいちく前よりも繁盛はんじょうしたそうな。



 また、今回の長老の功績と、情にあふれる真実の人柄が庶民街に知れ渡り、長老と距離を置く者は、誰一人居なくなったという。

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