第3話 爆勝宣言

【干支乱勢大武繪 えとらんぜだいぶかい】


 それは、獣達の世界パントドンにおいて100年に一度開かれる格闘トーナメントである。12の国はそれぞれ1名ずつ、異世界で未練を残し死んだ魂を召喚する。召喚された魂は、神の用意した肉体を得て、各国を代表してトーナメントへと参加する闘士【千支乱勢 (えとらんぜ)】へと転生する。トーナメントを勝ち抜いた国は向こう100年パントドンを支配する権利を、そして優勝した干支乱勢は元の世界へと蘇り、人生をやり直す事が出来るのだ!



「つまり、ここはパントドンなる異世界で、俺は転生してきた【千支乱勢】というわけか」


 今、星野が座っているのは民家の中で、座布団の上だった。


「左様。物分かりが良くて助かるわい」


 星野の向かいで茶をすする老齢のネズミは名をウスマといい、ゲッシ国の長である。


「異世界転生か……中学生の娘がそんなアニメだか漫画を見てたな」


 星野には成人したばかりの息子と、高校受験を控えた娘がいた。漫画を読みながら寝っ転がる下の子に、「そんなもんばっか見てないで勉強しなさい」と言い聞かせていたが、「そんなもん」の様な体験を自分がするとは思わなかった。


「ってぇ事は、俺はジョニーとの試合で死んじまったってのか……やばいな、試合中に事故で死人なんて出しちまったら団体のイメージと業績が下がっちまう!やっとプロレスが【冬の時代】から抜け出せちまったってのによぉ!」


 頭を抱える星野。


「なあモルモよ、こやつは何を嘆いておるのだ?」


 ウスマは眼鏡を掛けた側近の女・モルモに問う。


「さあ…?でも、自分が死んだ事に驚いたり嘆いたりしない分、精神面は相当強そうですよ?」


 ウスマは軽く咳払いをすると、星野に問う。


「お前さん、元の世界に残した未練というのは、その団体とやらの事か?」


「……いや、団体も確かに大事だよ。ガキの頃から憧れて入団して、【冬の時代】が来て潰れかけて……でも、俺の未練は【ベルト】だ」


「「べると?」」


 同時に鸚鵡返すウスマとモルモ。


「TJPW世界ヘビー級のチャンピオンベルト。俺が25年のプロレス人生で一度も巻けなかったあのベルトだ。 最後のチャンスも本当に「最期」になっちまったからな」


 星野は思い出した。 彼が小学生の頃、真日本プロレス創始者・稲城寛造いなぎかんぞうは自らもアントニウス稲城のリングネームでプロレスをし、世界を股にかけて戦った。初代王者でもある稲城の腰に輝いていた、あのベルト。あれに憧れてレスリングを始め、真日に入団したのだ。


「じゃあ、トーナメントを勝ち抜いて元の世界に生き返れば団体の損失も無くなりますし、あなたもベルトを巻くチャンスが出来るのでは?」


 モルモが言うと、星野は悪くないという表情で笑う。


「そうだな……だがその前に一つ、聞いておく事がある!」


「何じゃ?」


「……この体は何だ?」


 星野は立ち上がると、 まずは自らの頭頂部にある大きく丸い耳、尖った前歯、尾てい骨の辺りから生えた長い尻尾を順に指さす。


「あなたは子(ゲッシ)の国の干支乱勢ですからね。我々と同じ耳や尻尾が生えているのですよ。他の国の干支乱勢達もその国の種族を象徴する耳や尾が生えてます」


 モルモの説明で、自らにネズミの様な耳や尻尾が生えている理由は解った。


「じゃあ、こっちはどいう事だ!?」


 星野が言うこっち、とは年齢・性別などの事だった。 今の彼は自身の娘と同世代の、少女の体なのだから。


「干支乱勢たちは、死んだときの年齢も体重もバラバラでな。生前の姿をそのまま再現すると試合に公平さが無くなるんじゃ。だから神は彼らの年齢や体格を統一し、不公平さを無くしたんじゃ」


「性別を変える理由は何だ?」


「男性同士の試合だと、金的に打撃が当たり試合が中断されてしまいますから、金的が外部に露出していない女性の体になった……という説があります」


 説、というのが気になったが、それなりに理由があって獣耳尻尾の生えた少女の姿になったのだと、星野は納得するしかなかっ た。


「それで、お前さんはるのからんのか?」


 ウスマは真剣な眼差しで星野に問う。


るに決まってんだろ!勝つのは俺だ。生き返ってベルトを獲って家族に自慢してやるさ!だからあんた達も俺に全部任しとけ!!」


「解った。……ところで、お主の名は何というんじゃ?」


 ウスマもモルモも星野の事を【干支乱勢】としか呼んでいなかった事に気付いた。


「俺はアトラス星野……いや、星野輝臣だ!」


「テルオミか……ならば、テルと呼ばさせてもらうぞ。 よろしくな、テルよ!」


「テル……か。それが俺の、新しいリングネームだな!」


 星野輝臣改めテルは、ウスマの差し出した手を握り返す。この日より、彼は新たなる地において、新たな体と名前を得て、干支乱勢大武繪へ挑むのだった。



───────────────────────



─文京区 後楽園ホール


 東京ドーム興行から1週間後、真日本プロレスは『アトラス星野追悼興行』を開催した。会場は彼が25年前にデビューした後楽園ホール。


カン…カン…カン…カン…カン…カン…カン…カン…カン…カン…


 10カウントゴングが鳴らされるリング上には、星野の遺影を持つ彼の妻。その両隣には長男・晴光はるみつと長女・真耶まや。その後ろには真日本プロレスの選手達が並ぶ。


「身長190cm体重110kg『ザ・シルバースター』、アトラスーー星ー野ーー!!』


 リングアナウンサーが最後のコール。そして会場には星野のテ ーマ曲が鳴り響く。これがプロレス式の追悼であり、このまま終わるはずだった……


「お兄ちゃん!?」


「ハル!?」


 突如、星野の息子・晴光がリングアナからマイクを奪い取ると、鳴っていた星野のテーマ曲が止まる。


「ジョニーさん、顔を上げてください」


  リング上に並ぶ選手団の中から、星野の最後の相手となったジョニー・オズマが晴光の顔を見る。


「父は、プロレスを誰より愛していました。レスラーとしてリングで死んだ事に悔いはないでしょう。父もあなたを恨んではいないでしょう。……ただ、あなたの持つTJPW世界ヘビーのベルト、それを巻けなかった事は絶対に悔やんでいるはずです」


晴光は深呼吸をして、続ける。


「……僕は、真日の入門テストを受け、プロレスラーになります! そして、父の成せなかった夢であるシングルのベルトを巻き、そして……ジョニー・オズマ、あんたは俺が倒す!だからそれまでプロレスを続けろコノヤロー!!」


 晴光は亡き父を真似たパフォーマンスでマイクを投げ捨てた。そして、オズマはマイクを拾う。


「ワカリマシタ。僕ハ、ホシノサンノ分マデ、プロレスヲ続ケマス。ソシテ、ハルミツクン!君ガ僕ヲ倒シニ来ルマデ、僕ハチャンピオンデイマス!!」


 一度止まった星野のテーマが再び鳴り響く中、オズマと晴光は握手を交わした。

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