第6話

 デートはつつがなく進んだ。食事を取った後、私たちは服屋に行って少しファッションショーめいたことをしてみたり、雑貨屋に行ってこれが可愛いなんて言い合ったりした。


 でも、私たちは別に恋人じゃないから、まろやかな雰囲気になるわけもなかった。どこか気まずいような、ピリピリするような感じのまま、私たちは手を繋いでいた。


 私たちは反発し合う磁石のようなものなのかもしれない。近づけば近づくほど反発して、その反動でどこまでも遠ざかっていく。


 だから本来は近づくべきじゃないのだろうが、私たちは意地と敵意によって無理やり近づいてしまっている。


 一度でいい。一度だけでも、彼女に勝ちたい。私はそんな思いで彼女と一緒にいる。


 でも、彼女は私に執着はしていないから、私が諦めれば彼女も自然と離れていく。


 そう思っていたのに、尊厳をかけた勝負の結果、そうではないとわかった。彼女は私が思っている以上に、私のことを嫌っている。


「わかばは、恋人ができたら何をしたい?」


 きゅっと私の手を柔らかく握りながら、彼女が問う。馬鹿正直に答えたら痛い目をみるとわかっているが、嘘をついても見抜かれる気がして、がんじがらめになる。


「知らない」

「なら、知って。考えて」


 私は小さく息を吐いた。理想の恋人像。恋人ができたらしたいこと。かつてはあったはずだけれど、小牧と関わるうちに輪郭がぼやけて、薄れて、今では何もわからなくなっている。


「お泊まり会、とか?」

「ふーん」


 自分で聞いてきたくせに、彼女は興味なさげだった。

 なんなんだ、一体。

 どうせ私の大事なものを奪うために聞いているだけだろうけれど。


「私、枕が変わるとうまく眠れない」

「知ってる。小学生の時も、中学生の頃も、修学旅行で喚き散らしてたから」

「喚いてはいない。……どうやって私が寝たか、覚えてる?」


 覚えていないと言うのは簡単だが、嘘をつく意味はない。


「私が枕になった」


 中学三年生の頃の修学旅行は最悪だった。恨みすら持っていた小牧とあれよこれよという間に同じ班になって、同じ寝室になって。


 それで、うまく眠れそうにないなんて不安そうに言われて。

 仕方なく抱き枕になってやった記憶がある。嫌いなのに、ああいう顔をされると、放っておけなくなる。

 そう思ってしまう私も、馬鹿だ。


「そう。楽しみにしてる」


 前後の文脈がおかしい気がする。しかし、藪を突いて蛇が出ても困る。この話はここまでにしておこう。


 手を繋いで歩いていると、やがて、モールの端まで辿り着く。駐車場にも正面入り口にも繋がっていない通路には人がいない。まるでここだけ別の世界であるかのように。


 私はぴたりと立ち止まった。それに伴い、小牧も足を止める。

 顔がこっちを向いたから、彼女を見上げた。まだ赤みが残っている唇が目に入る。嫌いな相手にキスをするというのは、どういう気持ちなのだろう。

 いつもいつも彼女は私の唇を奪ってくるが、どんな気持ちでそれをしているのか。


 嫌いな相手に嫌がらせするのが目的なら、もっと楽しそうにすればいいと思う。


 私にキスをしてくる時、彼女はいつも無表情で、ともすれば余裕がなく見える。それは錯覚だろうけれど、嫌いな私の大事なものを奪えて嬉しいなら、笑えばいいのに。

 最初にキスした時は、どうだっただろう。自分からしたのはあれが最初で最後だ。


 嫌いな人をいじめる目的で、自分の唇は捧げられない。

 でも、自分の意志で、自分から彼女にキスをしたら、何かが掴めるかもしれない。


「梅園。靴紐解けてる。おっちょこちょいすぎ。早く結んで」

「ぐちぐち言わないで」


 私の言葉を聞いて、小牧が少し屈む。それに合わせて、彼女の両頬を手で挟んで、静かにキスをした。


 私は小牧のようにいやらしい人間じゃないから、舌は入れない。何度か啄むように、リップ音を響かせて口付けをしていく。


 楽しくはない。

 食後に口を拭いていたはずなのに、ジェラートの香りが少しする。今日という日の積み重ねが唇に現れているような気がした。


 匂いはいつもと違って、温度もいつもよりちょっと高くて、唇自体が少し硬く感じる。準備ができていなければ、さすがの彼女も体がこわばるものらしい。私は小牧の知らない一面を見て、少し楽しくなった。


 小牧は完璧のように見えて、完璧じゃない。自分では完璧な人間だと思い込んでいるけれど。


「嫌い」


 自分の言葉がひどく白々しく聞こえて、私は思わず笑った。


「わ……かば」

「かばなんていないよ。ここ、動物園じゃないからね」


 くすくす、くすくす。

 自分の笑い声が、妙に頭に響く。

 もしかして、自分からやったくせに動揺してる?

 いや、馬鹿な。


「少しはいつもの私の気持ち、わかったんじゃない?」


 小牧は自分の唇に手をやって、呆然とした様子を見せている。ここまで顕著な反応をするとは思っていなかったから、少し意外だった。


 やっぱり、楽しくはない。

 呆然としている小牧を見ても気が晴れるということはなく、私は余計に大切なものが見えなくなった気がして、地面を蹴った。


「デートの終わりはキス締めってね。これが恋人できたらしたいことの一つかも」


 ステップを踏んで、私は彼女から離れる。少し声が上ずっている。


「置いてくよ、梅園」


 ようやく小牧が動き出したのは、それからたっぷり三十秒ほど経ってからのことだった。

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