Principle of navy

@macaron_of_raspberry

第1話 焚書主義とは何か?


 みんなにもそういう時があると思うんだが、突然周りの物をぶっ壊してみたくなったり、訳も分からず何かに対して八つ当たりしてみたくなる事はないだろうか?

目の前で普通に喋っている相手を突然殴りたくなる、とかでも結構だ。


 え?そんな危ない事考えた事ない?それは大変よろしい。

 俺の話を聞く必要の半分くらいは消えたと言えるだろう。

 

 どうして半分だけかといえば、世の中には君みたいな奴ばかりじゃないので、社会勉強として聞く価値があるからである。


 さて、魔が差した事がある人たち。  

 君らは注意した方が良い。

 何故ならそれは、『焚書主義』への入り口だからだ。


 焚書主義。ゲニウシズムとも呼ばれるその思想を始末するのが、俺の仕事だ。

 一人ゲニウシストの例を挙げよう。

 俺が最初に担当した案件だ。

 彼は将来を期待される……いや、そうでも無かったか?少なくとも彼の両親は期待していたな。そんな感じの一般の学生だった。悲しいかな、彼が無事に卒業する事は無かった……毎週の休日、それまで通っていたクリケットのクラブではなく、[革命会]とかいう怪しげで品の悪いサークルに出入りするようになった。


 両親はもちろん止めようとしたが、それは逆効果だった──彼が同好会に入っていたのには理由があった。

 彼は通っている大学の教授から、日常的に激しい罵倒を受けていたんだ。

しかもその教授はクリケットサークルの指導員でもあったらしい。目をつけられていたんだな。


 彼はその鬱屈を晴らすために[芸術破壊同好会(少しシンプルすぎる名前な気がする)]に入ったんだな。

 しかし、彼の親は腕自慢の知人に頼って、それを辞めさせた。

 腕自慢……つまり俺だ。俺は美術館を襲撃しようとするそのサークルを蹴散らし、ついでにその少年を退会させた。だが、それは逆効果だった。


 空気の抜けない風船は破裂するだけだ。彼はついに焚書主義者になった。



 謝ろうとした俺の前で、彼は件の大学教授に燃料を被せて燃やし、更に彼は大学の高そうな書架に火をつけようとした。

 俺は咄嗟に走って行って、そいつの腕を切り落とした。

 だが、そいつは驚いたことに切られた断面から炎の手を出して反撃してきた。他の部位を叩き切っても、火に置換してくるのだから仕様がない。

 最終的に全身火の化け物になった。手に負えなかったが、俺が地下の書架に閉じ込めたお陰で火種と酸素がなくなり鎮火した。


 さて、これが一つ目の懸念事項だ。

 彼らはただの暴徒じゃない。

『焚書主義者』は、その全てが破壊に適した魔力──特に火を操る者が多いな──に目覚める。

 つまり彼らをただの鬱憤を晴らしたいだけの弱者だと見做せば、取り返しのつかないことに繋がるという事だ。


 次の懸念点だ。

 今挙げたのは明らかに環境に問題のある人物だったが、『焚書主義』に目覚めるのはそういう人物とは限らない。誰もが、焚書主義に目覚める可能性がある。

 俺が3回目に対峙した焚書主義者は、何の変哲もない農家の女性だった。俺は連続して村で発生する灰化事件を解決する為に招かれた。

 今にして考えてみれば、証拠は全て彼女が犯人である事を指し示していたのだが、その時の俺はこう思っていた。「彼女には動機が無い」と。

 それは違う。ゲニウシストに動機らしい動機は不要だ。

 彼女には理解ある夫がいた。まだ12歳の子供もいた。陰で虐められたりしていた訳でも無かったが、彼女は人を燃やした。


 結局、彼女の破滅を招いたのは12歳になる彼女の息子だった。

 子供は捜査に訪れていた俺に、「お母さんの宝物」とか言って小瓶に入った、綺麗に光る灰を見せてきた。

 それが手掛かりになり、俺は密かにその灰を錬金術師に鑑定させた。

 結果は思った通り。

 それらは全て、燃やされた被害者の灰だった。

 だが彼女は、それを俺が問い詰める前に、当の息子の前で自らを美しく輝く青い灰にして燃え去った。

 あの時の子供の表情は、思い出したくも無い。

結局彼女の動機はわからずじまいだ。

 だが、どうやら彼女は自分の灰を子供にプレゼントしたかったらしい。

 全く理解できないが、遺書にはそう書いてあった。

 自分の灰をつめるための瓶に、かわいいリボンも用意されていた。


未だに人々が『焚書主義』に目覚める条件は不明だ。

そして動機を理解する事は出来ない。

しかし、多数の人々が同じ思想にたどり着くのなら、何らかの条件を解明する事は出来るはずだ。 

 これは疫病のようなもの。

 ただ拒絶すれば恐ろしいが、きっと何か手立てはある。それは地道な調査、そして人の心を洞察し、兆候を見分ける事だ。

 それをせず、ただひたすらに火を揉み消す事に終始するのであれば……俺たちは、いつか自分についた炎に呑まれてしまうのだろう。


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