第2話 ポンコツオペレーターに損害賠償請求したい!!
クソ! もうこんな時間だ。
左手首のアップルウォッチが10時30分を示している。
アフォなオペレーターに30分も時間を奪われた。
中井には損害賠償請求したいぐらいだ。
時間は無限ではないのだよ。
午前10時台にして外は30度を超える猛暑。10階建ての安マンションの最上階はエアコンの効きも悪く、部屋でじっとしているだけでも汗がにじむというのに。
全くもって無駄なリソース使ったな。
気を取り直してデスクに向かい、パソコンに電源を入れた。
一歩も外に出ずとも仕事ができるのはありがたい。
仕事用のメールを立ち上げ未読メールを確認する。
大手の広告代理店から脱サラして1年。フリーランスとして立ち上げたウェブ広告作成代行業務はなんとか軌道に乗り始めている――はずだ。
当初の年収はまだ上回らないが、自由は手に入れた。好きな時間に好きな仕事だけ。それで収入を得られているなら勝ち組だろう。
ちょうど、広告の依頼を受けていたクライアントからの返信が届いている。早いな。たたき台を上げたのは昨日だ。
なんだかイヤな予感がする。
返信メールをクリックすると、テンプレートをトレースしたような文章が視界に飛び込んできた。
もう、何度も目にする文章だ。
『貴社の原案を拝見いたしましたが、今回は見送らせていただきたいと存じます』
はぁぁあああ?? な、なんで?
僕の原案は完璧だった。法に則った表現で、尚且つ商品の特徴を消費者に魅力的に伝える事ができる広告だったはずだ。
せめて、明確な理由が知りたい。メールではなくて電話の一本も寄越すのが礼儀じゃないか!?
パソコンの脇に置いたスマホを取り、クライアントの担当者に電話をかけた。
3回のコールで、『ただいま電話に出る事ができません――』
無機質な留守電のアナウンスが僕から一気に熱を奪った。
「クソっ」
思わず漏れた声はやかましく鳴くセミの声にかき消される。
さっきよりも随分重く感じる腕を上げ、マウスを操作しメールを閉じると、画面いっぱいに消費者庁のホームページが姿を現した。
違法な表現を分かりやすく的確に伝えている。
僕は間違っていない。
反故になった理由は……「聞くまでもないか……」
法を厳守した広告では他社に対抗できないのだ。
消費者に購入ボタンを押させる動機に欠ける。自社の商品を魅力的にアピールする事ができないと多くの企業がそう思っている。
「そんな事はわかってるんだよ」
デスクチェアーの背もたれに全体重を預け、背中をのけ反らせると、自動的にクルっと半回転して窓からの景色が逆さまに映った。
一週間、ほぼ缶詰状態で作り上げた広告。パソコン作業ですっかり凝り固まった上体の筋が心地よく伸び、痛みが緩和される。と同時に体の中心に不安が筋状に広がっていく。どんなに完璧な物を作っても採用されなければゼロだ。収入は入って来ない。
灰色のブロックを積み上げたようなビル群の先端が、淀んだ空に浮遊している。
無機質で埃っぽい。
僕が憧れていた世界はこんな物だったのか。
理不尽と不正が
正しい者と弱い者がバカを見る。こんな世の中でいいのか?
そんなわけない!!
背もたれに跳ね返されるように上体を起こし、ふーーーっと大きく息を吐き、僕は再びスマホを握った。
発信履歴を遡るほどの事もなく、先ほど電話をかけたジュレ製薬のフリーダイヤルがスクリーンに映しだされている。
しばし逡巡したが、タップした。
未だ冷めず熱を帯びるスマホを耳に当てると、1回目のコールですぐに電話は繋がり、スマートな口調の女がこう受け答えた。
『お電話ありがとうございます、こちらジュレ製薬サポートセンター、佐藤がお伺いいたします』
中井じゃなかったか。
少しがっかりしたが、気を取り直してこう切り返す。
「オペレーターの中井さんをお願いします」
『中井ですか? 中井でしたら、今他の電話にかかっております。もしよろしければ私がお伺い致しますが?』
「いえ、けっこうです。中井さんにお話しがありますので、このまま待たせて頂きます」
『かしこまりました。お客様のお名前を頂戴してもよろしいでしょうか?』
「小池です。小池啓介」
「ありがとございます、小池啓介様ですね。それではこのまま少々お待ち頂けますでしょうか』
「わかりました」
まともなヤツいるじゃないか! さっきは大外れを引き当てたというわけか。
通話をスピーカーに切り替え、デスクに置き、5分ほど保留音を聴いただろうか。
『大変おまままませいたしやっした。中井でございましゅ』
勢いよく登場した中井のポンコツっぷりに、思わず椅子から、ずり落ちる所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます