僕はクレーマーじゃないっ!!!【第1回G’sこえけん音声化短編コンテスト受賞作】
神楽耶 夏輝
第1話 僕はクレーマーじゃないっ!
『お電話アリ、ありがっ、ありがとうございますっ。こっ、こちらジュレ製薬サポートセンター、中井が、、、うかたっ、うけたままります』
たどたどしく受け答えをした透き通るような声の女は、かなり幼い印象だった。
不慣れな対応から、20代前半、いや、もっと若い。10代かもしれない、18または19歳かな、という事が伺える。
高卒の新入社員か? はたまたアルバイトか?
稚拙で不慣れなオペレーター相手だからといって容赦はしない。
違法は違法だ。
僕は手元のメモに【中井】と書き込んだ。
そして、淡々と冷静に、こう口火を切った。
「お宅でネット通販しているハクビーという商品の広告についてお伺いしたいのですが、そちらでおわかりになりますか?」
『ハクビーですね。は、はいっ? シミ専用お手入れの美容液でごじゃいます。お、おきゃく様のおなまえをおし、、、あっ、頂戴できましでしょうか』
「商品についてではなく広告! 広告についてのお伺いなんですけど」
『広告? ですか? はっ、はい。ハイハイ、うけまままります』
承ります、だろ――。
まぁいい。こちらはいい大人だ。少々の言い間違いは大目にみてやる。
僕は自室のソファの背もたれに背中を預け、脚を組んだ。
「ハクビーの広告をネットで目にしたんですが、違法だらけですよ。薬機法違反、景品表示法違反! わかります? これ、化粧品登録の商品ですよね。例えば、シミが消える、美容外科医が認める、臨床試験にて実証、などという表現は法律違反に当たります。この広告はどなたが作ってらっしゃいます?」
『え……っと。す、すいません。わかりません』
でしょうね。
この手の広告は大抵会社とは無関係の私利私欲にまみれたアフィリエイターが飛ばしてる事が多い。たまたまアクセスした人が魔法のような広告文句に踊らされて夢を見る。
今だけなどと特別なクーポンを付け、購入を煽ったり、過剰な割引を謳ったりしてお得と思わせ購入ボタンを押させるのだ。
僕は耳に当てたスマホを握り直し、用意していたセリフを
「それでしたら、わかる方と代わってください、広告の担当者に繋いでもらえますか? もしくはそちらに直接つながる電話番号を教えていただけますか?」
『承知いだしましった。お客様のお名前を――』
「小池です。
『こいでけいすけ?』
「こ、い、け!」
『コイデケイスケ様? ですね』
違ーーーう!!
さすがに話が通じるか心配になってくる。
たまに間違えられるが、僕は小出恵介ではない。
間違えられるというのは風貌ではなく名前だ。病院や銀行窓口などでフルネームを呼ばれたら二度見され、クスクス笑われる。
一文字違いで人違い。
酷い話だ。
『会員番号をおっ、おねまいしやっす。アチャ』
舌でも噛んだか?
「ユーザーではないので、会員番号はありません」
『わっ、かりました。少々お待ちを』
かしこまりました。少々お待ちください、だろ――。
オペレーターの癖に口の利き方も知らないのか。
額に滲んだ汗で、貼りついた前髪を指の腹でどけ、ローテーブルの上に置いてあるリモコンを取る。26度に設定しておいたエアコンの温度を24度に下げた。
テーブルに置いておいた飲みかけのミネラルウォーターもぬるくなっている。
午前10時にして外は30度を超える暑さだ。
ただでさえ暑さでイライラするのに、変なオペレーターのせいで、血管と汗腺に余計な負荷がかかる。
聞きなれたオルゴールの保留音を聞きながら待たされる事、数分――。
『大変おままませいたしましや。中井でございます。ただいま、担当の者がおりませんで、、、あの、、、、その、、、』
「わかりました、いつお戻りになられますか?」
『しょしょうお待ちくださいまし』
中国人か?
違法だらけの広告、詐欺まがいの商法、その上オペレーターの教育も粗末とくれば相当怪しい会社だな。
僕は匿名のSNSで、違法広告バスターを自称している。
こういう違法広告をウェブ上で徹底的に吊るし上げ、広告表示の訂正、掲載の取りやめに成功した会社は10社に上る。
このジュレ製薬の広告は特に悪質で、前述した他にも数々の違法表示を確認している。
違法な広告でコンプレックスを過剰に煽り、情報弱者を騙し、何億もの売り上げを上げているに違いない。
ユーザーは皆、騙されているんだ。これ以上、被害を増やしてはいけない。
電話は保留にされず、スマホのスピーカーからは、中井の声が駄々洩れだ。
オペレーターとして、完全アウトだな。
『ご利用のお客様ではないらしいんですけど―――――小出恵介って言ってますけど、芸能人じゃないみたいです』
だぁ~かぁ~らぁ~~、小出じゃなくて、小池な!
『年はたぶん、んーーー、そんなにおっさんじゃないと思います』
25だよ! 君から見たらおっさんかもな!
『広告の担当を出せとか……。どうしたらいいですか? ――――ひゃはっ』
ひゃはっってなんだよ! ひゃはって!!
『切っていいですか?』
いいわけないだろーーー!!!
『なんかぁー広告が違法だとか……焼きの方法? とかなんとか。焼き肉屋じゃないっつーの。ひゃははっ』
焼きの方法じゃなくて薬機法な! 薬機法!! こいつの脳みそはカニ味噌以下か!?
すっかりぬるくなったミネラルをウォーターをゴクゴクと飲み干すと――。
『――――そうですね……クレーマーですね』
カッチーン!!
僕はクレーマーじゃないっ!!
そして、ガチャっという音と共に、通話は途切れてしまった。
「中井ーーーーー!!! お前だけは絶対許さないからな!!」
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