ステージ恐怖症の私は宇宙から来た高飛車お姫様のゴーストシンガーになってしまった
@ayafukufuku
第1話 とりあえず歌え
「では、後日連絡します」
ようやく受けられたオーディションは、相手のその素っ気ない言葉で締めくくられた。
そう言われてしぶしぶ解散したが、待っても待ってもスマートフォンには何の通知も入ってこない。電波状況が悪いのか、それともそもそも連絡の気配すらなかったのか……絶望的な気持ちになりながら、スマホを持った右手を掲げる。
その日は東京でもよく星が見える不思議な日で、なにかのニュースで見た流星群の日だったと思う。
気合いの入れたオーディションに玉砕した私は、星を見ても浮かれた気分になれず、手を伸ばすだけだ。
そのとき……ある一つの帚星を見上げたとき、私の運命は変わった。
私は……私は宇宙のどこかのお姫様の、ゴーストシンガーになったのだ。
学校のない土曜日なのに、早朝から起きた私は、姿見の鏡の前で寝癖を直す。どこも変わりのないいつもの、私であった。ある一部分を覗いては。
私の名前は坂崎 美晴。小さい頃から芸能界を目指している高校生だ。
ゆうべ、オーディションの来ない結果に、失意の中にいた私の元に、突然やってきたのは宇宙からのお姫様だった。帚星が目の前に落ちて、頭上に現れた光にきらきらまかれた存在は、私が視認することは出来なくて本来の意味で未知との遭遇だった。
頭の中で嫌に響いた台詞を思い返す。
『アンタ歌手になりなさい』
唐突で遠慮のない宣い方に私は一人でぽかんとしてしまった。ゆうべ道行く人が私の呆けた表情を見て訝しんで、私は頬を両手で挟んで表情をどうにか散らしたほどだった。しかも、驚くことに流れ星が落ちたなんてニュース、どこの局でもニュースサイトにも流れていなかった。
夢? そうであってほしい。
一晩眠って、身支度を済ませた私はトートバッグを肩から提げて、玄関へと向かう。リビングで仕事をしていたお母さんと目が合い、声を掛けられる。それだけなら昨日までと同じ、日常の風景だった。
「美晴、今日は遅いの?」
「バイト17時までだから。」
『バイト? 何のアルバイト?』
お母さんとのやりとりへと急に入ってきた女の子の声に、口ごもって答えに窮してしまった。そんな隙にもお母さんが急に停止した私の様子を覗き込んでくる。きっと体調を心配しての事だろうけど、今はそっとしておいて欲しかった。ごめんなさいお母さん。
「バイトは……喫茶店」
「うん? そうよね? 新しい他のバイトじゃないわよね?」
お母さんはうつろに当たり前の返事を受け答えする娘にありありと戸惑っていた。お母さんはこの会話の下りが聞こえていない……つまり、やっぱりこの声は私にしか聞こえないものなんだ。私は軽く絶望を覚えながらも、まだ不安がっているお母さんに、笑顔で「行ってきます」と伝えた。
お母さんの心配をうまく拭えているかは、わからない。お母さん本当にごめんなさい。
バイト場までの道のりを、とぼとぼと歩いて頭の中を整理する。
そう、宇宙から落ちてきたこのお姫様、『キラ』の声はどうやら私にしか聞こえないらしい。
ゆうべ何回も家族に確認したのだが、隣に居るみたいにこんなにはっきり聞こえるのに、誰にもその声は届いていなかった。……私以外には。
おかげで家族に散々ストレスだのなんだの疑われたが、結局イマジナリーフレンドの声と言うことで両親は落としどころをつけたらしい。小さい頃は空想好きだったからなぁ、とお父さんに言われて、私は顔から火が出るほど真っ赤になった。
キラの証が声だけだったら、私も疲れすぎて自分の空想が飛び出ちゃったのかと納得できたが、このお姫様が【存在】することの証拠はまだある。
「娘! 姫様のご要請であるぞ!」
「さっさとカシュ? とやらになるのじゃ!」
……私のトートバッグから飛び出してきた、二匹の小動物だ。昨日白い光に照射され、キラの声が私の頭の中に話し始めた頃から、ずっと私のそばにいる。というか、バイトに行くのに家へ置いてこようとしたんだけど、何度やっても無理矢理バッグの中に入ってくるのだ。
私のバイト先は飲食関係なので、どうかどうかこの二匹が見つからないことを祈るばかりだ。私は背を丸めて小声になりながら、頭の中の声に返事を返した。
「聞いてますよ……。協力って、宇宙船を直すとか、故郷に帰る手がかりを探すとか、そういうのじゃないんだ……」
『そういうの地球の一般人に求めてないわ。安心しなさい。まず、ベルミュジーク国の第一王位継承者のアタシが無事であることを全宇宙に知らしめないといけないからね』
キラは昨晩からの尊大な態度でそう言う。あくまでキラが喋るのは私の頭の中のみだけど、きっと部屋に居る誰にでもがハッとする声だろう。それこそ、キラの言う通りお城みたいな大広間で、彼女はずっとこうして自信満々に喋って来たのかもしれない。
「あなたの……その、境遇はかわいそうだと思うけど、私は歌手じゃなくて女優になりたいの」
私はキラの人の話を聞かない、押せ押せな語調に思わずそう答えてしまったが、すぐにまずった、と思った。この将来の目標は、『信用できない誰かには話してはならない』と『決められた』ものなのだ。
私は息を飲んで、失言に対するキラの返事を待つことになる。
『へえ、女優! いいじゃない!』
しかし、それを受けたキラの反応は嫌味がなくて、言った私がびっくりしたほどだった。
私が夢を話すとき、周りはいつだって「へえ、すごいね」の後に「でもそれは難しいんじゃない?」という悪気のない台詞が続くのが常だった。私もそれに慣れきっていたし、それに「ありがとうございます、細々と頑張ります」と続けるのがいつものリズムだった。
それが崩されて、私はどう返事を返していいかわからなくなってしまった。
でも私がまごついているその間にキラはまたしても自分に計画をまくし立てる。本当に良く喋るお姫様だ。
『でもそれは一旦お預け。アンタはアタシの依り代に選ばれたんだからその責務を全うしてからね。そしたら このキラ・ベルミュジークから正式に勲章を贈るわ』
いらないです、早く私から離れて……と言いそうになるのをぐっと抑える。そんな反抗的な態度を取ったら、バッグの中の小動物に噛みつかれかねない。
「姫様おいたわしや……おのれあの浅ましい賊軍め!」
「必ず賊軍どもをまとめてくびり倒してやりましょうぞ! 銃殺刑、いや古き良き斬首刑じゃ!」
小動物達は私のバッグの中でそうやって興奮して騒いでもみ合う。バッグの中はすでにしっちゃかめっちゃかで、それに【賊軍】や【くびり殺す】なんてどう考えてもつぶらな瞳の小さないのち達が発していい台詞ではない……。
私は止め処ないこの混乱に目眩がしそうになりながら、バイト先の喫茶店へと向かっていく。
「おまえ小林、またかよ! どうすんだこの後のステージ!」
カーディガンを肩に掛けたいかにも業界人という男性が、ゆるいTシャツ姿の若い男性を怒鳴りつけている。
しかし、店へと向かうその道で、なにやら小さな騒ぎ起こっているのがわかった。ここはテレビ局前の大通りだから、いつも何かしら騒がしいのだけれども。
私がバイトしているのもテレビ局前の小さな喫茶店で、毎日そのきらびやかさを遠くから眺めている。今すぐにでも飛び込みたい世界であるのに、まだそこは【別世界】であった。
「またドタキャンされたのかな……コバさん連絡下手だからなぁ……」
『美晴、アレは何?』
「局の前でね、ああやって新人歌手が通行人向けにライブするの。新レジェンド発掘!とか、ほら動画チャンネルもあるんだ。新しいのにレジェンドってなんかあれだけど。でも……」
その企画に携わっている、店の常連でもあり私の顔見知りのADの小林さんは本当にどこか抜けていて、ネットで話題のシンガーを呼び出したはいいがそれが実在しない人だったり、そもそも盗作だったり、詐欺に巻き込まれ掛けたり、なんていうかもう散々なのだ。
舞台からはみ出してディレクターに怒鳴られているコバさんを見て、気の毒だとは思うが私に何か出来ることはない。私が騒ぎを横目にバイト先への道を急ごうとしたそのときだった。
『ちょうどいいじゃない。歌いましょ』
キラがまた何の迷いもなくそう言って、駆け出していった。私はぎょっとしてキラを呼び止めようとするが、いや、駆け出していったのは私の体だ。
事態をうまく飲み込めず、自分の身体が起こした行動に私は驚愕するだけだ。
『地球のマイクってこれよね、面白い形』
キラの声が頭蓋の中で響いて、私の右手は無造作に置かれていた無線マイクをしっかり握った。マイクの冷たい感触が皮膚に伝わって、私は背筋まで冷たくなる思いがした。汗が一気に噴き出して、不快な感覚を作り出す。冷たいプールの中に急に落とされたみたいに、息もうまく出来なくなる。
「やめて、私、歌、は……!」
マイクを持つ手が震えて、先ほどまでしっかり地に立っていたはずの足に力が入らなくなった。すにーかーがよろめて膝から崩れ落ちそうになるが、逆の足がしっかり支えた。こちらは、多分キラの力だ。
キラが私をステージに立たせようとしている。行きたい方向とは違う場所に進む足に、私は抵抗のしようがない。
駄目だ、また笑われる。無理だって言われる。呆れられる。がっかりされる。
「何でここに来たの」って視線がいくつも突き刺さり、私は縮こまりながらステージを去るしかなくなるのだ。
しかし、無情にもパッとライトが私に照射されて、翻って流れる自分の髪を見た。いや、ちがう。私の髪ではない。私の髪は随分前にもう切ってしまって、こんなに長いはずがないのだ。
それに、ライトに照らされる髪色は、私の色出ではなくピンクと水色が美しく混ざり合った、不思議な色合いをしている。マイクを握っている左手は、焦っているはずで震えているのに、美しい、とそのとき私は思った。
「♪! ♪~~」
知らない言語が、私の口から流れ出した。それだけじゃない。私がそのとき着ていたのはバイトに向かうために着ていたゆるいシャツワンピースではない。今見に纏っているのは、ドレープが幾重にも重なった、きらきらしたしたスカートに、筋肉の少ない肩を飾るパフスリーブ……。
私の元々着ていた服の面影はどこにもない。華やかなステージ衣装だった。
なぜか、私は本能的に悟った。これが本来のキラの姿なんだ。
モニターに映し出された、華やかな衣装を着た、私とそっくりな顔をした、でも私でない少女は自信に満ちた表情でステージに立つ。
短いスカートから伸びた足ははつらつと駆け出していって、ステージの真ん中まで到達すると、リボンで結んだハイヒールのままジャンプした。
「ハァイ!」
それで道行く人たちの目は釘付けになる。最初は奇異だった目線は、キラの姿を見て次の瞬間すぐに好奇に変わった。私がぎょっとするような視線の群の中でも、キラは物怖じせずに笑っている。それどころか、さらに人々を集めようと歌で、ダンスでアピールする。狭いステージがさらに狭くなるくらい、キラは縦横無尽に駆け回って、きらきらと輝く。
自分の体でありながら、その姿に見とれてしまうほどだった。
「♪~~♪~~」
キラが朗々と歌い上げるのは、私が知らない言語だったが、どこか響きは落ち着く。その奇妙さも観客たちの興味をひいたらしく、視線と、スマートフォンと、歓声が向けられる。
騒がしくて、熱く、まぶしい。こんな感覚、「久々」だった。
「ありがとうー!!」
私は一連の出来事に呆けていたが、しばらくして、キラは歌い終わるとステージから素早く降りる。
そして楽屋でもない路地裏に駆け込んだ。いや、それは私の体だ。誰も見ていない暗い場所で、歓声を背に私は自分の体を抱きしめた。
スポットライトと運動の熱さが引いていくと、私の体は再び震え始める。見れば私は元のシャツワンピースの姿に戻っていて、髪も肩までの長さに切られていた。
不自然な力も体のどこにもなく、キラが私の体にもう影響を及ぼしていない事はわかった。
「もう、あんな、無茶止めて! 心臓止まるかと思った……!」
私が息も絶え絶えに訴えかけるとキラはけらけらと笑った。全く悪びれていないばかりか自分の成功を私にも見せつけたいようにしている。時間が過ぎるのと比例して私は背中に汗をびっしょりとかいていた。
『うまくいってよかったわね! この調子でやってきましょ!』
あくまでキラは自分の目標に邁進していて、私がどんなに恐怖していたかは
「わっ、わたし、本当に、歌、は……」
快活でどこまでも明るいキラとは対照的に私は言葉が詰まって涙がにじんできた。キラの力があったからあのステージは成り立ったものの、一歩間違えばあの視線の群れが呆れや失望を纏ってもおかしくない事態だったのだ。
私の狼狽を見ているのか居ないのか、キラは良く通るあの声で私に宣った。
『アタシがあんたをこの星一番のスターにしてあげる』
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