掌編小説・『終戦記念日』
夢美瑠瑠
掌編小説・『終戦記念日』
(これは2019年の終戦記念日にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『終戦記念日』~「走れメロス」異聞~
メロスは激怒した。
かの暴虐の王を誅戮せねばならない。
王とは和解したはずであった。
メロスが命懸けで友を救い、その勇気と友情に感動した王は改心して、仲間に入ったはずであった。
が、久しぶりに姪の結婚式の準備をするために王城を訪れたメロスに、又しても、こう囁くものがあった。
「王は人を殺します」
「何?悪い病気がまたぶり返したのか?改悛したはずであったが・・・」
「国民は殺しません。隣国と戦争を始めて、隣国の兵士が殺され、自国の国民も戦死をします。
和睦を申し入れられても、断固敵を壊滅する、そういって、親書を握りつぶします」
「結局多くの人が殺されているわけか。よし、私が忠告だか諫言だかをしてやる。」
メロスは相変わらず単純で、王宮に向かって単身で乗り込んでいった。
王は、「メロスか。わが軍はもうすぐ隣国を攻めつぶし、赫々たる戦果と凱歌を挙げて、千年王国建設の手始めとするだろう。祝福してくれ。」
「王様、それは誇大妄想です。隣国は我が国よりはるかに豊かで、兵士の数も比べ物になりません。兵士の精強さも音に聞こえています。徒に戦闘を繰り返すのは、死屍累々の山を築くだけです」
王は露骨に不機嫌そうな顔になった。
「分からぬならもうよい。所詮おぬしは一介の田舎者で、王たるものの抱く野望やら気概などは理解せぬわ!何なら王の親衛隊に取り立ててやろうと思っていたが、そういう器ではないようじゃな。偉大なるわが王国の名誉を轟かせる聖戦の、前途に不吉な影を落とす言い草、許してはおけぬ。処刑する。皆の者、それまでの間この男を投獄せよ」
又しても、牢屋に入れられそうになったメロスは、必死の形相で言い張った。
「私の渾身の忠言が耳に逆らったのならお許しください。しかし、またしても申し上げますが、私にはたった一人の姪がいます。結婚式が明日なのです。一日だけ猶予をください。必ず帰って来るので村からここへのとんぼ返りをお許しください」
そうしてまたしても親友のストロンチウスが呼ばれた。
そうして、またメロスは走りに走って、日没閉門までに王城に入って、親友を助けるかに思えた。
ところが・・・
へとへとになって立つのもやっとというメロスを、ストロンチウスが抱きかかえ、夕日に照らされた半裸の勇者が、神々しいような赤銅色に輝いているさまを不機嫌そうな顔で眺めていた王様は、狡猾そうで邪悪な笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「メロスよ。一度は許してやったがな。わしの心はあの頃よりさらに歪んで人を信じられなくなっている。なぜなら愛する王妃が、隣国のならずものにさらわれて、行方知らずになっておるのだ。わしが隣国と争いを執拗に繰り返している本当の理由は、王妃を取り返したいからなのじゃ。王妃のいない今、わしの心は荒み切っている。
もうお前たちを許そうとは思わぬ。二人とも今すぐ縛り首にするから覚悟するがよい!」
そうして、近習の兵士たちが、処刑の準備を始めた。
メロスも親友も、やつれはてたような表情になって、頽(くずお)れてしまった・・・
その時だった。
「お待ちください!」
澄んだ高い、美しい声がして、夕陽のかなたから、一人の白銀の鎧を着た女美丈夫が、砂埃を蹴立てて、素晴らしい立派な白馬を駆って、颯爽と現れた!
皆、そのあまりの美しさと唐突さに呆然とした。
「王様!」
女美丈夫は、兜を脱ぎ、長い髪を振り乱して、朗々と呼ばわった。
「私は、何を隠そう、隣国の女王です。戦いは苛烈を極めていて、我が国にも王様の国にも、甚大な被害をもたらしています。私は、もういっそあなたの国を滅ぼそうかと思っていましたが、その時にメロスという偉大な勇者の話を耳にして、そんな若者がいる国とはもうこれ以上争いたくないと思いました。で、密偵を送り、戦いの真の原因を知り、今日まで貴国の王妃の行方を追っていたのです。さっきやっと、ならず者のアジトに捕われていた王妃様を救出するのに成功しました。王妃様はすぐにここに来ます。メロス様のおかげで、そういう殊勝な行動を、本来驕慢な私がとることができたのです。どうかもう我が国とは和睦して、ふたりを助けてくださるよう、お願いします」
勿論王に否やはなかった。風前の灯火だったメロスたちの命は救われ、多くの人々たちの命も救われることになった。
そうしてその日は、双方の国で、平和を慶賀する「終戦記念日」となり、また橋渡しとなった勇者を記憶に刻むために、「メロス記念日」という異名も取ることになったのだ。
<終>
掌編小説・『終戦記念日』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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