承認欲求の海
渚 孝人
第1話
ある所に一人の男がいました。男は夏にとある海へやってきました。
ビーチには、「承認欲求の海」という看板が建てられています。
男は看板のそばに立つ老人に尋ねました。
「じいさん、承認欲求の海ってのはどういうことだい?」
老人は答えました。
「若者よ、この海に入れば、君は世間の多くの人々から認められ、賞賛されるだろう。だが一度入ってしまったら、もうこの海からでることは出来ないだろう。」
男は鼻で笑って言いました。
「ばかな。海から出るのなんて簡単さ。みんなにほめてもらえるなら入った方が得じゃねえか。」
そして老人が止めるのも聞かず海へ入って行きました。
海に入ってみると、老人の言っていた通り、男はみんなの注目を集めました。
その海ではツイッターも、インスタグラムも、フェイスブックもやり放題でした。男の投稿にはすぐにいいねが集まり、男は有頂天になりました。
「俺の投稿にどんどんいいねがついてく。最高じゃねえか。」と男はいいました。
そしてその海では、ユーチューバーになることも出来ました。
男が動画を投稿すると、その動画はどんどん再生回数が伸びました。
「俺すごくね?すごい勢いで再生回数が伸びてるんだけど。」と男はいいました。
また、男が小説や絵画を投稿すると、すぐに多くの人から賞賛をあつめました。
「俺には芸術の才能もあるのか。楽勝だな。」と男はいいました。
しかしそのうちに男は気づきました。上には上がいることを。
どのサイトでも、彼より多くのいいねや賞賛をあつめる者がいました。
彼は段々、腹が立ってきました。
「なんで俺の投稿が1位じゃねえんだ。おかしいだろ。」と男は言いました。
その時海から顔をだしたくじらが言いました。
「もっと深い所へ行けば、もっといいねがもらえるよ。」
そしてくじらは海の底へもぐって行きました。
男は喜んで、
「それを早く言えよ。」といいました。
そしてずんずんと沖の方へすすんで行きました。
海はどんどん深くなり、海面は男の顔のあたりまで来ました。
すると男の投稿には、前よりもっと多くのいいねが集まるようになりました。
「あのくじらが言っていた通りだぜ!ランキングにも入った!」と男は喜びました。
しかし男は、自分の足が海底に着かなくなっていることに気づきませんでした。
気づくと男はおぼれていました。息を吸うのもやっとです。
それでも男は投稿をやめません。もうやめられないのです。
男がビーチに戻ってくることはありませんでした。
ビーチでは老人が沖の方を見ながら、
「だからあれほどやめとけと言ったのに。」と言いました。
そこへ承認欲求の海の管理人がやってきて、
「じいさん、今日もごくろうさま。」と言ってお金を渡しました。
その管理人は、SNSの会社の社長でした。
そして社長は言いました。
「承認欲求の海っていう言い方はもう古いな、これからはこの海をインターネットと呼ぼう。」
承認欲求の海 渚 孝人 @basketpianoman
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