唐突だが、高坂くんはイケメンだ。

尋道あさな

第1話

 唐突だが、高坂(こうさか)くんはイケメンだ。


 バスケットボール部で、成績もよくて、性格もいい。女子から多大な人気を獲得して、男子からも結構な人気を獲得している高坂くんは、さらに言うと教師からも大人気だ。

 美肌というか滑らかそうな白い肌をしていて、鼻も高いし目も切れ長で格好いい。

 性格がいいからか、高坂くんを悪く言う人はいない。週に一度は女子から告白されている、なんて噂もあるくらいだった。

 身長も高くて細マッチョ。

 文句の付け所のないイケメンと言うものが実際に存在するんだと、高坂くんを見て私は初めて知った。

 高坂くんの誕生日でもあるバレンタインは、浮き足立つ女子が増える。高坂くんは不愉快そうな顔もせずに、紙袋四つ以上にもなる全てのプレゼントを受け取っていた。

そして、きらきらと輝く笑顔で「ありがとう」と返ことをするのだ。



 ああ、イケメンだ。本当にイケメンだ。

 学校中の女子が高坂くんに惚れていると聞かされても「そうなんだ……」と納得してしまいそうな位にイケメンだ。

 高坂くんの話は尽きない。毎日毎日、誰かしら高坂くんの話をする。


 だけど、私が気になっているのは――高坂くんの隣にいつもいる、梶川(かじかわ)くんの方だった。







 唐突だが、梶川くんはとても普通だ。

 イケメンではないし、身長も高くない。太ってはいないけれど、マッチョというわけでもない。


 普通なのだ。

 よく見ると目は二重で可愛らしいけれど、大きな目ということもなく、目が可愛いなと思うレベル。全体的にたこ焼きソースみたいな顔だ。ちょっぴり甘くてうん美味しいね、という感じ。

 筋肉はついていなさそうだけれど、痩せぎすというわけでもない。

 性格はよくわからない。だけど、余り主張しないように思える。


 梶川くんは高坂くんと、いつも一緒にいる。愛想よく誰とでも話して賑やかな空間を作り出している高坂くんの隣に、ひっそりといつもいる。

 部活動はしていない。けれど、体育の授業を見る限りじゃ、運動音痴というわけでもない。

 本当に普通。強いて言うなら普通よりちょっと地味。


 委員会は図書委員会、誕生日はバレンタイン。高坂くんがたくさんのチョコレートとプレゼントを貰っているその隣で、梶川くんは笑っている。いつもと変わりのない笑顔で、ひっそりと咲く花のように。


 バレンタインは二人共が誕生日なのに、梶川くんがプレゼントらしきものを受け取っている所も、持ち帰っている所も私は見たことがない。


 おめでとう、とお祝いされる高坂くんの隣で梶川くんはにっこり笑う。


 ああ、そうだ。梶川くんは、よく笑っているような気がする。へらりとにこりと、基本的には笑顔を浮かべているような気がする。




――高校生活二年目の春。

 そんな普通よりちょっと地味な梶川くんに、私は恋をしてしまった。



 自覚するのは早かった。初恋というわけでもないし、恋をするのはこれで四回目だ。

 最初は小学生の時、二度目は中学一年生の時。三度目は中学三年生の時で、四度目は高校二年――つまり、今。


 気が付いたら目で追っていたり、気が付いたら梶川くんのことを考えていたり、眠れなくなるほど梶川くんに胸をときめかせたこともある。


 ただ、私は引っ込み思案で、その想いを口にはできない。

 最初は盛り上がっていた恋も、発展しなければ熱は落ち着くものだ。



 現在は夏休み目前。進展が全くない私の恋は、停滞期に入っていた。 のんびりと梶川くんを目で追って、たまにきゅんとするくらいの控えめで小さな恋になっている。


 梶川くんは欠伸をする時、きょろりと周りを目で確認する。そんな小さな事でも、気が付けるとすごく嬉しい。

 それから、ご飯を食べる時もちゃんと手を合わせてから食べる。忘れがちな食事の挨拶をきちんとする梶川くんは、丁寧で律儀な人だと思う。



「高坂!バスケしに行こうぜ!」

「おう!飯食ってからなー」

「俺も混ぜろ!」

「みんなでやろうぜー」


 窓際の後ろ側に集まって話す男子。

 高坂くんは笑顔で誘いに応じて、他の男子もそれぞれ返ことをしている。

だけど、梶川くんは何も言わずにお弁当の卵焼きを消化していた。


 彼がなにも返ことをしていないことに、気が付く男子はいない。高坂くんは梶川くんとよく一緒にいるのに、梶川くんに余り声を掛けない。


 もぐもぐと自分のお弁当のプチトマトを頬張りながら横目でその様子を盗み見る。



「真央?どしたの」


 机を合わせて一緒にご飯を食べていた美奈ちゃんが、不思議そうに首をかしげた。

 なんでもない、と首を振れば美奈ちゃんはきょとんとしながらも直ぐにお弁当に視線を戻す。


「夏休みに入ったらさぁ一緒に遊ぼうね」



 お弁当をつつきながら、美奈ちゃんは微笑んだ。


「お菓子作り教えてよ。高坂に差し入れするんだー」

「夏休みに?」

「そうそう。夏だから差し入れの内容もちゃんと考えなきゃね」


 乙女な顔をして考え込む美奈ちゃんは、高坂くんに片思い中。


 本当に大人気だ。高坂くん人気は凄まじい。

 だけど、美奈ちゃん――篠塚美奈ちゃんは、他の女子達より抜きん出て高坂くんと仲がいい。


 梶川くんが気になっている私としては、夏休みは少し憂鬱だ。

 だって、梶川くんは帰宅部。

 そして、梶川くんは高坂くんの試合を見に来たりはしない。そういう所は調べ済みだ。


「夏休みやだなぁ……」

「え、なにそれ。真央本気?」

「うーん」


 くそう。夏休みなんて無くなってもいいかもしれない。


 夏休み開始を目前にして、日に日に私は夏休みが憂鬱になってきていた。


 美奈ちゃんは仰天しているけれど、理由を知ったらきっと驚かない。


「だって、好きな人に会えなくなるよ」

「……あ、そっか。真央の好きな人は帰宅部だっけ」


 好きな人が誰かは教えていない。というより、教えたくない。


 もし美奈ちゃんが梶川くんの良さに気がついてしまったら、私はきっとこの恋を発展させるまでもなく、不戦敗に終わるだろう。

 美奈ちゃんは引っ込み思案でもないし、アプローチも上手だった。だから、私に勝ち目はない。

ずるいかな、とは思うけど……教えるのはなんとなくいやだ。


「うー……やだなぁ」


 お弁当箱を閉じて小さくそう呟けば、美奈ちゃんは同意するように頷きを返してくれた。


「私も高坂が帰宅部だったら夏休みはやだなー」


 ほら、やっぱり。

 気持ち、分かってくれるでしょう?


 そんなことを思いながらちらりと教室の後ろを見れば、高坂くんが男子を引き連れて教室から出て行く所だった。

 ひとり残った梶川くんはお弁当箱を包んでいる。いつもと同じなら、このまま席で読書をするはずだ。


「真央。私、ちょっとバスケ見てくる」


 高坂くんのバスケだろう。

 はーい、と返ことをしたら、美奈ちゃんはそさくさとお弁当を片付けて出て行ってしまった。


 努力の塊。

 私も美奈ちゃんも見習いたい。だけど、差し入れや応援なんてしたくてもできないから。 帰宅部の梶川くんを、一体どうやって応援すればいいのか。





「あ」


 思わず声が漏れてしまった。梶川くんが立ち上がったのだ。


 読書じゃないなら、トイレ?でも、携帯を持っている。光ったのが一瞬だけ見えたけれど、梶川くんの急ぎ方からして電話だろうか。


 初めての梶川くんの行動に、どきどきと心臓が早くなる。


 どこ行くんだろう。誰からの電話なんだろう。

 カタン、と音を発して立ち上がった私はそのまま廊下へ脚を向けてしまう。


 なんだかストーカーみたい……だけど、気になる。


 好奇心を抑えられず、梶川くんの後を追いかけた。



 梶川くん、意外と足が早い。私が遅いだけかもしれないけれど、梶川くんが意外と足が早いことに驚いた。


 きゅっとスリッパのつま先を鳴らして、梶川くんが曲がった方向へ曲がる。


 このまま真っ直ぐ行けば、美術室と美術資料室、空き教室があったはずだ。小さくなる梶川くんの背中は見間違いでなければ、左へと入っていった。


 多分、あそこは空き教室。

 そう予想して空き教室の手前でいったん脚を止める。


 ゆっくりと身を屈めて窓に近づけば、わずかに梶川くんの声が聞こえた。



「――でしょ」


 何を話してるんだろう。そっと後ろのドアのガラス部分から中を覗き込んでみる。

 梶川くんは窓際の方を向いていて、私の方は見えていない。


「だから……」


 藍色の携帯はストラップも何もついていないシンプルなものだった。

 話している相手が誰なのか気になって、もう少し近づこうと身を屈めて前のドアへ近寄る。


「学校で電話はかけて来ないで」


 もしかして、彼女――?


 ふっと浮かんだその予想に心臓が嫌な音を立てた。ずくん、と疼いた気持ち悪さはきっと不安と嫉妬の塊。


 嫌だ、やだ。まさか彼女が居るなんて――


「切るよ」


 涼しげで、平坦な声。別に特徴があるわけじゃない。

 高坂くんは声も少し低くてやっぱりイケメンだと思う。でも、私は梶川くんのこのトーンがとても好きだ。授業で指されて音読をするときなんかは、目を閉じて聞いていたりもする。



 ――好きなのに。

 梶川くんが、好きなのに。


「……坂上さん?」


 ハッとした。私が考えている間に通話は終わってしまっていたのだ。


 ドアの前に座り込む私を、空き教室の中から見て梶川くんは名前を呼んだ。


 ――ばれた。

 衝動的に動いたりしたからだ。

 ああ、もう。

 警笛が鳴る。とてもいやな音だ。



 梶川くんはドアを開けて、座り込んだ私を見下ろした。


「もしかして、聞いてた?」


 目頭が熱くなった。

 こんな風になるくらいなら、勇気を出して告白しておけば良かった。

 盗み聞きするくらい梶川くんのことが好きなクセに、その想いを口にしないでこそこそ追っかけ回すだけ。

 そんなことをしていたから、こんなことになったんだ。


「ご、ごめんなさい」


 謝るしかない。逃げ出したいけれど、そうするのは卑怯過ぎる。


「……ええっと、どうしよう。あ、怒ってるわけじゃないよ」


 へらり、と笑った梶川くんはしゃがみこんで私と目線を合わせた。


 それから、頬を掻いてほんの少し首を傾ける。



「何でここに?」

「梶川くんが、出ていくのが見えて……」


 涙声で白状する。

 泣いちゃいけないと分かっていても、にじんでくるのはどうにもならない。まるで犯罪者になったような――違う、盗み聴きはれっきとした犯罪だ。


 恐る恐る梶川くんを見ると、梶川くんは困惑しているだけだった。


 怒っては、いない。戸惑っている、という表情だ。


「俺を追ってきたって事だよね。それは、どうして?」


 好きだからです。――そう言えたら、いいのに。


 ビビリで勇気のない私は黙って俯く事しかできない。ぎゅと唇と噛み締めると、梶川くんは小さく息を吐き出してから優しい声で私に言った。



「あー……、えっと、高坂との仲を取り持ったりはできないよ。ごめんね」


 見当違いなことを言われて驚いたせいで、にじんでいた涙が引っ込んだ。


 なんで、そうなったんだろう。


 ぽかんと口が開いていたことに気がついて慌てて口を閉じたけれど、梶川くんはそれをばっちり目撃してしまったらしい。


「あれ?違ったのか……じゃあ、なんでだろう」


 うーん、と考えるような仕草をする梶川くんを見て、自然と口は開いた。


 今度は本当にするりと、あふれるように言葉が出てくる。


「梶川くんが、好きです」


 全く言うつもりはなかったのに、とても自然に出てきた言葉は自分で自分を驚愕させた。



けれど、私より驚いているのは梶川くんの方だった。


「お、俺……?」


 ぺたん。

 そんな効果音がぴったりなほど、梶川くんは廊下に力なく座り込む。


 真っ赤に染まった顔を見て、私はやっと理解した。


 梶川くんなら大丈夫だと本能できっと思ったから、だから、好きだと言えたのだろう。


 からかったりしない。馬鹿にもしない。それが、分かったから、言いたくなってしまったのだろう。


 そんな自己分析を私がしている間にも、梶川くんは口を開いたり閉じたり、うつむいたり顔を上げたりと忙しい。



 ――うそ、これ、もしかしたら。


「ほんとに、俺?」


 梶川くんは真っ赤になったまま、確認するようにもう一度聞いた。



 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。

 だけど、きっと大丈夫。――梶川くんは笑ったりしない。


「……うん。梶川くんが、好き、です」


 紡いだ告白はとぎれとぎれのぎこちないものだけれど、それでも間違いなく本心からの告白だ。


 高坂くんじゃなくて、梶川くん。

 私が好きなのは、梶川くんだ。


「どうしよ……初めて言われた」


 両膝を立ててうつむいた梶川くんに、心臓が鳴り止まない。


 断られる、かもしれない。

 だけど、梶川くんのこの反応で嫌われていないことは分かる。


「あ、あの、えっと……梶川くん」

「うん……」

「つ、付き合って欲しいとか、思ってないから、だから、返事はいい……」


 初めて、ということは。告白されたことが無かった、ということだ。


 ずるいかもしれない。

 これはきっとずるいけれど、気持ちを伝えたことは本当にわたしも予想外のでき事だった。


「待って!いや、でも……あのさ、坂上さん」

「……うん」

「俺、付き合いたい」

「え?」

「坂上さんと、付き合いたい」







 梶川くんは普通だ。

 有名な高坂くんといつも一緒にいるからか、余計に普通に見えている。

 だけど――私が気になっているのは、高坂くんの隣にいる、梶川くんの方だった。




 梶川、と名前がきちんと書かれた傘を他の生徒に目の前で持っていかれても。

 うっかり落とした自分のお弁当の巾着袋を、騒いでじゃれ合ってバタバタしている誰かに、踏まれてめちゃくちゃにされてしまっても。


 梶川くんはいつも笑っていた。

 きょとん、と目を丸くして――もう、仕方ないなぁ、とでも言うように。




 二年生になった春。

 梶川くんに恋をした。

 雨上がりの公園で、泥まみれで泣く子供を抱きしめた梶川くんに。



 通りかかっただけだった。止める勇気なんてなかった。

 いじめられている小学生の男の子は、いじめっ子からどんと押されて泥水の中に倒された。


「ぼく、なんにもわるいこと、してないのに」


 どうして、と大きな声で叫んだその子に、梶川くんが駆け寄った。


 きっと、梶川くんは私なんかと違って気付いてすぐに近づいたのだろう。

 助けてあげられなかった自分が情けなくて悔しくて、唇を噛み締めて、馬鹿みたいにぼろぼろ泣いた。


 涙で滲んだ視界の向こうで、梶川くんは男の子を抱きしめて、何度も何度も同じことを繰り返し言い聞かせた。


「そうだよ。なにも悪いことしてない。きみはなんにも悪くないよ」


 どうしてぼくなの、と男の子はわんわん泣いた。梶川くんは泣き止むまで、ずっと男の子を抱きしめていた。


 きみはなんにも悪くない。

 はっきりとそう言ってあげられる人が、ためらわずに抱きしめてあげられる人が、この世にどれだけいるだろう。


 周りの目、無責任な言葉。

 たくさん、気になるものはある。だけど、梶川くんは躊躇わなかった。

 それがいい事なのか悪い事なのかわからないけれど、私はそれをただ単純に「すごい」と思った。


 ぐちゃぐちゃになった洋服に、散らばったランドセルの中身達。男の子が泣き止んでから、梶川くんは丁寧にランドセルの中から出たものを全部拾い上げていった。


 ぐずぐずとまだ泣く私も、まだその場から動けなくて。


「味方になる。俺がきみの味方になる」


 親は、とか。

 どうしていじめられているのか、とか。

 梶川くんは何も聞かなかった。


 その真っ直ぐな言葉を聞いて、私はすとんと恋に落ちた。



 この人は、素敵な人だ。

 勇気があって、強さがあって、とても素敵な人なんだと、そのときはっきり胸に刻み込まれたのを今でも鮮明に覚えている。





 そんな梶川くんが、はにかみながら私を見つめる。


「俺、坂上さんのこと、好きなんだ」


 夏が、始まる。

 憂鬱になった私の心に、ひっそりとした花が咲いた。


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