天壌霊柩 ~超高層のマヨヒガ~ 第8回
この人と繋がれば、デメリットよりメリットが期待できるかもしれない――そう拓也は判断した。
「僕はその腕時計を使えませんが、青山なら、たぶん喜んで使うと思いますよ。上のマックにいるはずです」
「しかし、彼は少々、ヤンチャっぽすぎると言うか――」
「大丈夫です。池川や杉戸とは
それに青山なら、万一そんな行為が露見しても、それを今後の勲章にできる立ち位置だ。
「君の保証なら、賭けてみる価値はありそうだな」
「はい。でも、もし一緒に江崎がいたら、必ず青山が一人になってから声をかけてください。江崎は
「なるほど、了解した」
そこでエレベーターの扉が開き、十八階の事務的な通路に出る。
「いずれ、ちゃんとお礼するよ」
そう言って、横の展望エレベーターに向かう兵藤を、拓也は呼び止めた。
「あの、兵藤さん」
「おう?」
「お礼の先渡し、ちょっといいですか?」
市教に呼ばれた時刻には、まだ間がある。幸い周囲に他の人影もない。
「あの件に関わった人たちが、何人も行方不明になってるって聞いたんです。もし、そちらで何か取材してたら――他の誰にも話しませんから」
それから、拓也が知る限りの噂を伝えると、兵藤は少々考えこんだのち、
「……君は信用できそうだな。交換条件と言っちゃなんだが、今後の協力も期待していいよね? アドレス教えてもらえる?」
「はい」
互いのスマホで、個人アドレスと電話番号を交換する。
「じゃあ、これから私がうっかり独り言をいうから、君は、たまたま耳にしてくれ」
そんな冗談めいた言葉を、兵藤は真顔で口にした。
「あの校長は定年退職した後、大手教材会社の東北支社に再就職して、今もふんぞりかえってるよ。学校現場にコネがあるからね。担任教師も異動先の中学で、誰恥じることなく教壇に立ってる。現在確実に行方不明なのは、当時の教頭と、いじめた側の三人組だ。四人とも、家族から県警に捜索願が出てる。でも私としては、佐伯さん親子が一番心配なんだ。あの二人には捜索願を出してくれる身内が一人もいない。俺もアプローチしたいんだが、ずっと自宅を留守にしてる。まあ、単に騒ぎを避けて、どこかに避難してるだけかもしれないが――それならそれで、大いに結構なんだがな」
「そうですか……」
拓也が、それきり黙考していると、
「――なんにせよ、妙な時代になっちまったもんだよ」
兵藤は話題を変えて、展望エレベーターの上下選択ボタンに、意味ありげな目を向けた。
地下三階から二十階まで、四十六階から最上階までは各階に止まるが、中間部のマンション階はノンストップで通過する――そんな内容の各国語パネルが、ボタンの横に添えてある。
「いくら好景気が長いとはいえ、県庁所在地でもないこんな北の街に、こんな分不相応な超高層ビルが――いや失礼」
「いえ、田舎なのは事実ですから」
「ジャパン・アズ・ナンバーワン――そんな時代が、まさかここまで長続きするとは思わなかったよ。今じゃ離島のリゾート地にまで、洒落た高層ホテルが林立してる。俺が大学で教わった経済学の教授も、もってせいぜい昭和まで、そう思っていたそうだ」
拓也も、それにうなずいた。
自分や両親は、今の日本の繁栄に疑問を抱いたことがない。しかし祖父や祖母は、しばしば兵藤に似た言葉を漏らす。
昭和の末から平成にかけて、この豊かな国は「バブル崩壊」と呼ばれる経済危機に瀕しかけた。一時はアメリカを凌いで世界一となったGDPも瞬く間に二位に落ち、さらに落ち続けるのが確実と思われた。
しかし平成八年、筑波大学と松芝電源開発の共同研究によって、加速器駆動未臨界炉の基礎実験が成功すると、一気に潮目が変わった。
現在の原子炉、いわゆる核分裂炉として、加速器駆動未臨界炉は、安全性と効率を両立できる最終進化形と言ってよい。しかも、実用化は二十二世紀と目される核融合炉とは違い、短期で実用化できる可能性が高い。当然、その実験の成功は全世界から刮目され、技術大国日本の面目を保つと同時に、下落傾向だった日本企業の株価を再び押し上げ始めた。
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