第41話 オヤジのせいで……。

 俺たちが室内でカードゲームに興じる中、テラスで一人、オヤジが哀愁漂う中年の背中を見せていた。


 大方、せっかく久しぶりに帰ってきたのに、家族にあまり相手にしてもらえなかったからねているんだろう。


 だが、三姉妹コイツらだって、四年も失踪していた義理の父親にどう接したらいいのかわからないはずだ。


 結果として、オヤジはコイツらに存在しない人みたいに扱われてしまったが、自業自得としか言いようがない。


「すまん。俺、少しオヤジと話してくるわ」


 俺がそんな気を起こしたのは、別にオヤジを不憫に思ったわけじゃない。少し聞きたいことがあるだけだ。


「あんまり飲み過ぎんなよ、オヤジ。体に悪いぜ?」


 カラカラと窓を開け、テラスに出れば、オヤジが振り向き、持っていたロックグラスを傾ける。

 カランっと小気味いい音がテラスに響いた。


「お前もヤルか? 旨いぞ?」

「なに言ってんだよ。コッチは未成年だっつーの」


 何か思うところでもあるようにオヤジがグラスをしばし見つめる。そして、ウィスキーか何かをあおるように飲み干した。


「コレ、ただの麦茶なんだけどなぁ」


(麦茶かよ……。ならカッコつけて飲むなよ。紛らわしいなぁ)


「オヤジってホントふざけてんのな……」

「ふざけてないさ。俺はいつでも本気マジだ」

「そうかよ。……で、ちょっと質問してもいいか?」

「なんだ? 改まってどうした? もしや恋の相談か?」

「違ぇよ。そうじゃなくてさぁ」


 俺がイスに腰を掛ければ、オヤジもテーブルを挟んで反対側にあるイスに座った。


 俺には、この機会にどうしても聞いておきたいことがあった。今を逃せば、次はいつになるかわかったもんじゃない。


「……俺とオヤジって血が繋がってんのか?」


 四年越しの質問。あの日、オヤジがガン無視した質問をもう一度。


「ん? 繋がってるよ? 急にどうしたよ」

「そうだよな。じゃあ、オヤジと三姉妹も血が繋がってるってことか」

「はぁ……」

「『はぁ……』じゃねぇよ。気のない反応しやがって。つまり、そういうことだろ?」

「……幸村。お前、なに言ってんの?」


 嫌な予感する。より的確に言えば、俺の四年間の悩みが無駄になる予感する。


「失踪する前に言ったよな、俺と三姉妹アイツらは血が繋がってるって」

「……あ〜! 言ったな! たしか、あの日、俺が幸村をラブレターで呼び出してさぁ。いや、懐かしいな〜」

「懐かしがるのはいいけどよ。まさかと思うが、アレって嘘か? コッチは結構ホンキで悩んだんだけど……」

「そうか。真剣に悩んでくれたか。それなら良かった。パパは満足だ。じゃあ、パパはそろそろ寝ようかなー」


 オヤジが立ち上がり、欠伸を一つ。そして、何事もなかったように室内に戻ろうとする。


(それで逃げられると思ってんのか?)


「イダダダっ! もう幸村くんってば痛いじゃないの〜」


 俺はオヤジを追いかけ、肩を両手で掴んでいた。それはもう握り潰すくらい全力を込めて。


「『痛いじゃないの〜』じゃねぇよ!!」

「パパの肩が壊れてちゃうってば! 一回、落ち着こう! どーどー」

「俺は馬じゃねぇ! このままオヤジの肩を砕いてやらーーーーーーーーっ!」

「あーーーーーっ!」


 きっと遠目から見れば、息子が父の肩を揉む微笑ましい光景に見えたことだろう。

 実際、中にいる五人は俺たちに優しく微笑みかけていた。オヤジの肩がこれから破壊されるとも知らずに……


◇◆◇◆◇◆◇◆


 今、俺の目の前でオヤジが肩を押さえながら床に正座している。誰かが正座しろと言ったわけではない。オヤジは自発的に正座している。


 娘や妻もいるのに躊躇ちゅうちょなく息子の前で正座できる、その潔さが逆にカッコいいと言えなくもない。


「で……なんでオヤジはそんな馬鹿みたいな嘘を吐きやがったんだ? 息子を悩ませて楽しいか?」

「まぁ、待て。俺だって息子を苦しませたくなんかなかった。だが、これには事情があったんだ」

「事情ねぇ……。一応、聞いてやるから言ってみろよ」

「ああ。幸村はアヤカたちをイヤらしい目で見てただろ? それはもうドスケベ小僧って感じで。分別がつくようになる前に間違いがあったらマズいなぁと思って、楔を打ち込んどいたってわけだよ。俺って策士だろ?」


(オヤジの奴……。アヤ姉たちもいるってのにトンデモないこと言いやがる……)


「ちょっと待て。俺は——」

「そう言えば、昔、ユキくんが胸を揉ませてってお願いしてきたことあったね〜。あの時は、お姉ちゃん、どうしても恥ずかしくて断っちゃったけど」


 俺がオヤジの所感に文句をつけようとしたところでアヤ姉が口を挟んできた。


「いや、それは幼少期のアレっていうか……」


 たしかにそんな記憶がおぼろげにあるけれども、それは自我芽生えかけの頃の話だ。

 俺だってそんな馬鹿みたいなお願いしちまって今では後悔している。


「あっ、それ、私もあったわね。アヤ姉に断られたって泣きながら私のとこに来たのよ。まぁ、私も断っちゃったんだけど」

「いや、エリカ……。それはだな……」


 俺の恥ずかしい過去が暴露されていく……。アヤ姉に断わられて泣いてしまった、というあたりが特に恥ずかしい……。


「あれ? ヒナはお願いされてないよ? なんで?」

「ヒナちゃんにお願いしても意味ないからね」

「え? なんかアヤお姉ちゃん、ヒナにすごく失礼なこと言ってない? ……あっ! でも、ヒナはユキにぃに昔——」


(やめてくれ! これ以上、もう何も言わないでくれ!)

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