第36話 決壊(絵梨花視点)

※今回のお話は絵梨花えりか視点になります。少しだけシリアスな感じになりますが、スイカにかける塩のようなものですので、目を通して頂けると幸いです。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんだかヒナの様子がおかしい。ずっと口が半開きだし、声を掛けてみても、うわの空。大貧民をしていたのに、いきなりスリーカードを宣言して手札をオープンしちゃうくらい脳がダルダルになっている。


 夕飯の時も、いつもなら真っ先に完食するヒナがお残ししていた。「どうしたの?」と聞いてみても「何でもない」の一点張り。


 ヒナがこうなったのは、たしかトイレに行ったあとだったと思う。


(きっとトイレで何かあったんだ……)


 そう思い、調査のためトイレに向かえば、途中にある学習室からユキと弥生の声が漏れ聞こえてきた。もちろん私は耳をそば立てる。


(楽しそう……。弥生だけズルい……)


 とは言え、私に勉強を教える脳力はない。勉強を教えるのは弥生が適任だってわかってる。


 だから、たとえ嫉妬に狂いそうだとしてもキチンと我慢しなくちゃいけない。


(これも全てはユキのため……。ユキが立派な大人になるため……。耐えなきゃ。たかが二泊三日、我慢すればいいだけ)


 そう思っていたのに……。


「ちょっとお話があるの。アヤお姉ちゃんは夕飯のお片付けしてるから、先にエリ姉に話しておくね。……あのね。弥生のお姉ちゃんがユキにぃに告白してた……」


 ヒナのその話で、せきを切るようにして、私の感情が外に流れ始めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 ヒナと話し合ったあと、すぐに私は二人のいる学習室に向かった。息を一吐き、ドアを開ければ、ユキと弥生が同時に振り返る。


「おう、エリカ。どうした?」


 ユキはいつもと変わらない調子。少し勉強疲れが見えるけど、いつもと同じ優しい笑顔。


 片や、弥生はいつもと違う。すごく幸せそうな顔をしている。


 まるで恋が実ったような……。


「弥生に話がある。……ちょっと来て」

「おいおい、何だよ? そんな怖い顔して」

「ユキは黙ってて。私は弥生に用があるの」


 自分で自分の声色に驚く。私の口からユキに向かって、こんな冷たい音が出せるなんて知らなかった。


「……お前、変だぞ? 大丈夫か?」


 ユキが私を心配してくれている。きっと今、それくらい私はひどい顔をしているんだろう。


 そんな顔をユキに見られたくなくて、咄嗟とっさに顔を逸らしてしまった。


「……ユキは黙ってて」

「あの、エリカさん。何かあったんですか?」


 弥生も私に心配そうな視線を向けている。友達なんだから心配するのは当たり前。きっと弥生は私のことを親友だと思ってくれている。もちろん私もそう思ってる。でも、今は恋敵でもある。


 だから、私は真っ直ぐに彼女を見返した。


「いいから来て」

「……よくわかりませんが、わかりました。では、ユキさん。少し行って来ますが、私が居ないからってサボっちゃダメですよ?」


 弥生がユキの肩に気やすく触れて、ユキが弥生に「当たり前だ。俺を信じろ」と答えた。


 その二人の姿が、まるで恋人みたいに私には思えて……。


(もっと早く手を打つべきだった……。三姉妹協定に参加したい、と弥生が言い出した時点で警戒していたのに……。合コンの時、弥生の気持ちには気づいていたのに……。いや、まだ二人が付き合っていると確定したわけじゃない。ヒナの聞き間違いかもしれない)


 そんな僅かな希望にすがって、崩れそうになる体を必死に保つ。後ろを歩く恋敵に自分の脆さを悟られまいと、足早に進む。


 バカみたいなプライドだ。


 玄関まで来て、靴を履けば、誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返れば、ヒナ。

 何か言おうとしていたけど、結局、何も言わずに部屋の中へと引っ込んでいった。


「話すだけなら外に出なくても良いのでは?」

「話すだけだけど、別に中じゃなくても良いでしょ?」


 自分でもトゲのある返しだと思う。でも、私は別荘の中で話したくなかった。

 この後、自分がどうなってしまうのかわからないから。

 そんな姿をユキに見られたくないから。


「それで、話とは何でしょうか?」


 別荘から少し離れたところで立ち止まると、さっそく弥生が問いかけてくる。


「単刀直入に聞くわよ。ユキにコクったって本当?」


 そして、弥生の答えを聞いた瞬間、行き場のない怒りが消しようのない悲しみに変わっていった。

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