第32話 夏休みくらい自由気ままに過ごしたいものです……。
赤点を取った生徒は夏休みに補習授業を受けなければならない。しかも、一科目でも赤点を取ると、なぜか全教科補習。
理不尽な気もするが、これがウチの学校の決まりだ。
という訳で、俺も暗いの夏休みを過ごす予定だったんだが、一夜漬けが功を奏したのか、なんと俺はアキレス腱である英語のテストを無事に通過していた。
「嬉しそうですね。テストの結果が良かったんですか?」
想定外の高得点に俺は笑みでも溢していたんだろう、隣席の弥生がそう問いかけてくる。
彼女は席に座ったままで、俺が手に持っているテスト用紙を覗き込むような節度を欠くマネもしてはこない。三姉妹とは大違いだ。
「赤点だろうなぁ、って思ってたんだけど、なんか余裕だったわ」
「では、補習回避ですか?」
「余裕の回避だ。アイツみたいにならなくて良かったよ」
俺が指差した先には友人P。頭を抱えて机に突っ伏している。察するに赤点を取ってしまったんだろう。
だが、これくらいの不幸、今のPにとってはなんてこともないはずだ。
この前の合コンで知り合った女子大生と最近良い感じだ、なんて俺に自慢しまくっていたんだから……。
(まぁ、幸せの帳尻合わせってやつだ。頑張れよ、P!)
などと、
「高得点だったからと言って油断してはいけません。今から懸命に勉強しておかなければ、受験に間に合わなくなりますからね」
まだ高二だってのに弥生は気が早い。まぁ、マジメな弥生らしい考えだ……。
「言いたいことはわかるんだが、どうも英語は苦手でさぁ」
「苦手なら克服しましょう。特に英語は大事ですし」
「んー、なんか英語って勉強する気にならないんだよなー。俺、別に外国で暮らすつもりないし、英語なんて出来なくても問題なくない?」
「子供みたいなことを言わないでください! 高校生なんですから!」
弥生に叱られてしまった……。少し怒ってるみたいで、「高校生だって子供だろ?」なんて言い返したら火に油を注ぐ結果になりそうだ。
「すまん……。でも、ほら、英語以外は問題ないんだし、一科目くらい苦手なままでも——」
「ダメです。苦手なままではダメです」
「……ダメなのかぁ」
「苦手なものを放置しておくのはユキさんのためになりません。それにですね、ユキさんがこのままでは大学が別々になると言いますか、私の人生設計にも多大なる影響を及ぼすと言いますか……」
ゴニョゴニョと何か言っているが、弥生としては、クラスの平均点が落ちるのを看過できないってところだろう。
となれば、俺がどう言い訳しても弥生は引かない。次は自分が勉強を教えるなんて言い出すんだろう。
(弥生の個別指導って厳しいんだよなぁ……)
「仕方ありません。私がユキさんの弱点を炙り出しますので、一度テストの結果を私に見せてください」
想定通りの展開だが、英語のテストは見せたくない。
という訳で、まずは点数の良かったものを見せてみれば、八の字になっていた弥生の眉が平行になってくれた。
「八十七点ですか。立派ですが、英語の結果を見せていただいても宜しいですか?」
「あ〜、そうだったな。ほら」
などと言いいつつも英語は見せない。今度は一番点数の良かったものを見せてみれば、弥生の眉が優しげに曲がった。
「九十五点。
「だろ? だから弥生も撫でてくれよ」
「いいいいいいっ……。わわわわわっ……」
冗談で頭を突き出してみれば、弥生がキョドリ出してしまった。もの凄い拒絶っぷりで、両手をバタバタと振っている。
(ショックだ……。そんなに俺の頭に触りたくないのかよ……)
「ごめん。冗談だ」
「……冗談……でしたか」
「でも、まぁ、こんな感じだから勉強の方は問題ねぇよ。というわけで、ちょっと俺トイレに行ってくるわ」
ここで話を終わりにしようと席を立てば、弥生に服の袖をグッと掴まれてしまった。
「英語……」
……さすがは弥生。相手が三姉妹ならこれで
(観念するしかねぇなぁ……)
諦観の念とともに英語のテスト用紙を無言で差し出すと、弥生の眉が再び八の字に戻っていく。
「三十八点……。余裕の回避だって言ってたじゃないですか」
「いや、赤点って三十五点だろ? サッカーなら三点差って余裕あるかな、みたいな……」
屁理屈を返してみたものの、弥生は何も答えずに、ジーっと俺を見つめ続ける。彼女の視線に耐えきれず、俺の心がポキリと折れた。
「ギリギリの回避っすよね。ごめんなさい」
「ユキさん? 夏休みは私と一緒に、いっぱいお勉強しましょうね?」
「……了解っす」
俺の夏休みが弥生の個別指導で埋まりそうな予感……。
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