第30話 俺が守りいくまでもなかったみたいです……。

「ユキにぃ、待ってよ〜」


 後方からヒナの声。走る速度の問題で俺とヒナの間にはかなりの距離が出来ていた。


「待ってらんねぇって。先に行っとく」


 相手は男なんだからヒナが来たって意味はない。むしろ付いてくるなと言いたいところだ。


 ちなみに竹内くんも一緒に来てくれている。第一印象で、なんか弱々しいなぁ、なんて失礼なことを思ってしまったが、どうやら彼はPよりも男らしいみたいだ。


 もちろん、そのPは付いてきていない。奴は店員さんを呼んでくると言って俺たちとは逆方向に駆け出した。


 まぁ、実際のところ、Pのやり方が一番スマートだとは思うが、アイツは単に日和っただけだろう。


「でも、大丈夫なの? 言っておくけど、ケンカになったら僕は役に立たないよ?」


 走りながら竹内くんが心配そうな表情を俺に向けている。だが、彼が心配するような事態にするつもりはない。


「ケンカなんてしねぇよ。相手にお帰り願うだけだ」

「いや、カラオケでナンパしてくるような人たちだよ? 絶対パリピだって。アイツらって言葉が通じないから言っても帰ってくれないと思うんだよね。きっとウェイウェイ言いながら襲ってくるよ? アイツらは人間の皮を被った獣だから」


(パリピに偏見持ち過ぎだろ……。まぁ、竹内くんは陰属性っぽいから、そういうタイプの人とはソリが合わないんだろうけども)


「大丈夫だって。俺たちはPが店員を連れてくるまで時間稼ぎすりゃいいだけなんだから」


 そう言いながら階段を二段飛ばしで駆け上がれば、目的の階に到着。そのまま速度を緩めずヒナに聞いた部屋まで来ると、俺は中の様子も確認しないでドアを開けた。


「〜〜〜♪ 〜〜〜♪」


 俺の耳に飛び込んできたのは、アヤ姉の下手くそな英語のラップ。

 目には入るのは、体を揺らしリズムに乗るご機嫌なエリカとシャカシャカ楽しそうにタンバリンを振る弥生だけ。


「……え? ナンパ野郎は?」


 そこにはナンパ野郎なんて存在していなかった……。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 今、アヤ姉がテーブルに突っ伏して泣いている。

 原因は俺。俺がアヤ姉の下手くそなラップを聞いてしまったからだ。


 誰も俺の入室に気がつかなかったため、結構な間、俺はアヤ姉が刻むライムを聞き続けてしまったのだ。


「うぅぅ。ユキくんにラップ聞かれた……。意気揚々とライム刻んでるとこ見られた……。恥ずかしぃょぉ〜。ユキくんにダサラッパーだと思われちゃったょぉ〜。これじゃあ、もうユキくんのお嫁に行けなぃょぉ〜」


「アヤ姉……。いや、良かったよ。英語だから意味はわかんなかったけど、アヤ姉が楽しんでるのは俺にも伝わってきたし……」


 これで慰めになるかはわからないが、ともかくアヤ姉を落ち着かせなくては……。


「ぁぁああー! 普段はラップなんてしないのにぃぃぃ。ラップ下手だから嫌だって言ったのにぃぃぃ。エリカちゃんが無理やり私にライムを刻ませたから、こんなことにぃぃぃ」


 アヤ姉がバッと顔を上げ、今度はエリカをポカポカと叩き始める。

 軽くとは言えアヤ姉がエリカに手をあげるなんて相当怒っているってことだ。


「ご、ごめん、アヤ姉。まさかユキが来るなんて思ってなかったから。って、そう言えば、何でユキは来たの? 私たちの監視はバレてなかったはずよね?」


 いや、バレバレだったんだが……。


「ヒナがな、三人がナンパされてるって俺に教えてくれたんだよ。まぁ、デタラメだったみたいだがな」

「デタラメじゃないよぉ。ヒナ嘘ついてないよぉ」


 俺がギロリを睨みつければ、ヒナが表情を曇らせてしまった。


「あー、たしかにナンパされたわよ? 弥生がすぐ追っ払ってくれたけど」

「ほらー! ヒナ嘘ついてなかったでしょ!」


 ……ホントだったのか。


「そうか……。ごめんな、ヒナ。疑ったりして。弥生もありがとな、俺の家族を守ってくれて」

「ユキにぃ〜っ」


 贖罪とばかりに頭を撫でると、ヒナの曇りは晴れ渡り、いつものにこやか顔で俺の腰元に抱きついてくる。


「私はお帰り願っただけですので、特にユキさんに感謝してもらえるようなことは……。むしろですね……」


 ずっと黙って下を向いていた弥生がやっと口を開いたんだが、どうにも表情が暗い。


「まぁ、この話は終わりとしてだなぁ。……お前ら! 俺、出掛ける前に言ったよな? 跡つけてくんなって」

「私たちはカラオケに来ただけですー。ユキの跡をつけてきたわけじゃありませーん」

「エリカ、お前なぁ」


(ずっと俺を監視してたくせに、どの口が言うか!)


 ……とコイツらにカミナリを落とそうと思ったところ、弥生が立ち上がり、俺に向かって深く頭を下げた。

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