第27話 監視(三人称視点)

※引き続き、三人称視点です。


 幸村ゆきむらへの愛の証明と言わんばかりに、絵梨花えりかが二人に見せたもの。それは、名前を入力するだけで自分の脳内イメージを表示してくれるジョークアプリの画像……を真似て、お絵描きソフトで絵梨花自ら描いた画像だった。


 そこには色とりどりの「幸村」の文字。


「どう? 私の脳内はユキでいっぱいよ」


 偽装の診断結果ではあるが、わざわざこんな画像を自作したくらいなのだから、たしかに彼女の頭は幸村のことでいっぱいとも言える。

 しかし、こんな雑なものに易々やすやすと騙されるわけがない。まぁ、斑鳩いかるが姉妹は易々と騙されるのだか……。


「す、すごい……。ヒナなんて『食』ばっかりだったのに……。ウソだ……。絶対ウソだ……」


 そう呟いた雛花は、頭を掠める敗北の二文字を必死に打ち消そうと脳内にある兄の笑顔に集中する。「ユキにぃのことをヒナが一番想っている」と自分で自分に言い聞かしているのだ。


「そんな……。お姉ちゃんもやったことあるけど、一度も『幸村』なんて出てきたことないよぉ。絶対、私の方がユキくんのこと考えてるはずなのに……」


 彩花はすぐさまサイトにアクセスし、自分の名前を打ち込んでみるが、当然、「幸村」の文字が表示されることはない。


 姓名の間にスペースを入れてみたり、=を入れてみたりするも全く無駄な努力。なぜなら、この脳内「幸村」だらけの画像は絵梨花の自作なのだから……。


「わかったでしょ? 一番ユキのことを愛しているのは私よ! で〜、きっとユキも私のことが〜……。えへへへ〜っ///」


「「……ぐぬぬぬ」」


 他の姉妹たちが頭を抱える中、絵梨花が嬉しそうにデレデレと頬を緩めていた。


 後日、自作であることが発覚し、彼女は二人に糾弾きゅうだんされるのだが、それはまた別のお話。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 幸村たちがいる304号室。そのドアの前に屈み込む黒髪美少女、射干弥生しゃがやよいの姿があった。


 目下、彼女は監視のため、なんとか声を聞き取ろうとドアに耳を当ててみたり、ドアの小窓から中の様子をコッソリと伺ってみたりしている。


「今のところ、不穏な動きはありませんねぇ。というか、こんな覗きみたいなことをしてもいいんでしょうか……」


 この自問に彼女の倫理観がノーと答えているが、それでも、彼女は中の様子が気になって仕方がない。三姉妹の前で、幸村の言葉を信じている、とは言ったものの、実は気が気ではなかったのだ。


「いえ、深く考えるのはやめにしましょう。これも全てはユキさんのため……。アヤカさんが言っていたではないですか。悪い女の子に引っかからないように私たちがユキさんを守らねばならない、と」


 罪悪感を心に押し込んだ彼女が、再度ドアに耳を当てようとしたところで、いきなりドアが開かれた。


 部屋のドアは内開き。咄嗟に弥生はドアノブに手を掛ける。そして、小窓から自分の姿が見えぬよう屈み込み、全体重を乗っけて開き掛けのドアを外側に引っ張った。


「なんだ、今の!? あれっ!? 開かねーぞ、おい! ふぬぬぬっ!」


 ドアの内側からは焦る友人Pの声。弥生とPの綱引き開始だ。


「はぁ? 開かないわけないだろ? たぶん引くんじゃなくて押すんだよ。どけ。俺が開けてやるから」

「いやいや、引くタイプだったって」

「いいから、お前は少しどいてろ。今から押すからなー!」


 内側から幸村がドアを押すが、内開きなので当然ドアは開かない。馬鹿みたいに映る行為。だが、意味のある行為。

 その隙をついて弥生がその場から脱兎の如く逃走することが出来たのだ。


「あ、危なかったです……。もしも私が覗いてたなんてバレたら……、ユキさんに嫌われてしまいます……」


 もし、そうなったとしても幸村は弥生を嫌いになることなどない。「わざわざ、こんなとこまで風紀を守りにきたのかよ。弥生は真面目だな!」なんて笑うだけだ。


 それでも少女は不安に思う。


「ユキさんに嫌われるくらいなら私は……」


 彼女は少しだけ暗い表情を浮かべると、階段を登り、自分たちの部屋へ向かったのだった。

 


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