第11話 幼馴染の弥生は所謂フェチってやつみたいです……。
自室のドアをガチャリと開ける。戦々恐々としながら中を覗いてみれば……。
「なんてこった……。ホントに弥生が失神しちゃってる……。俺の部屋って、そんなに臭いのかよ……」
ベッドの上で弥生がキチンと頭を枕に乗せ、掛け布団まで体に掛けて、まるで寝ているみたいに失神している。
「弥生。……弥生ってば」
「……んっ……ん」
優しく声を掛けてみるも起きてはくれない。仕方なく体を揺すってみれば、嫌がるように寝返りを打たれてしまった。
「……んんっ。ユキさんの匂い……」
弥生が俺の臭いで……うなされてる……?
「そうか……。俺って夢に出るほど臭いのか」
ふと自分の脇の臭いを嗅いでみると、確かに割と臭いに鈍いタイプの俺ですら少し汗臭さを感じる。
自分ですら臭いを感じるのなら他人には酷く感じられるはずだ。
「俺……ワキガ……だったんだ……」
まさか自分のワキガにすら気づいていなかったとは……。
「通りで……。そうか。そういうことか」
心に傷を負ったものの、合点のいったところもある。
昔から女子たちに何となく距離を取られている気はしていた。
男友達は多少いるが、女友達なんて弥生しかいない。
原因はワキガにあったんだ……。
たまに俺を見ながら女子たちがしているヒソヒソ話の内容はワキガの件だったんだ……。
「ごめん……クラスの皆。俺、明日から香水つけるよ……」
ガクリと膝を折る。急な屈伸で、半月板が少し痛んだ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ショックで茫然自失の俺は、どれだけの時間、膝を折っていたんだろうか?
体感的には一時間程度。実際のところは、たぶん五分くらい。ようやく弥生が目を開いた。
「んんっ。……あれ? あっ、ユキさん。おはようございます」
「ああ、弥生。気がついたか。……ごめんな。変な命令して。俺なんかの部屋に入らされて嫌だったろ?」
「……? いえ、全く、一切、一つも嫌ではありませんでしたよ? むしろ、謝るは私の方です。少しベッドに入ってみたら私としたことが、つい眠ってしまいました」
「いや、別にいいけど。……臭くて失神してたんじゃないのか?」
「……?」
弥生は何の話か分からないといった様子だ。俺に気を遣っているのかもしれない。
「俺と弥生の仲なんだから気なんて遣うなよ。俺の部屋、臭うんだろ?」
この際、ハッキリ言ってもらった方がいい。そっちの方が気も楽だ。
「……? まぁ、ユキさんの匂いはしますね。ユキさんの部屋ですから」
「そうか……。そうだよな」
俺の臭い。つまり……脇の臭い……。
「正直に言いますと、だいぶ私の好きな匂いですね。安心できると言いますか……。だから、つい眠ってしまったのかもしれません」
「…………」
(弥生は優しい奴だ……。本当は激臭で気を失ったけど、俺を傷付けまいとして……)
「……あっ、すいません! 寝ぼけて変なこと言ってしまいました! 今のは記憶から消して下さい、早急に、永久にっ」
俺に気を遣っているようにも思えるが、顔が真っ赤になっているし、どうも様子が違う。
赤面する自分の顔を隠したいのか、目の下あたりまで顔を俺の掛け布団で覆ってしまっている。
(もしかして恥ずかしがっているのか?)
ということは、つまり、今のは優しい嘘ではなく——。
「弥生って臭い(匂い)フェチとかいうやつなんだな!」
——弥生は臭いフェチ。
世の中には色んなタイプの人がいる。他人が嫌がる臭いを好む人がいたって、おかしくはない。人の好みなんて好き好きだ。
「……そういう話ではないんですが。いえ、やっぱり、それでいいです。そう思っておいて下さい」
弥生がベッドから降りてドアの方へ歩いていく。彼女を見つめながら思う。
親友が臭いフェチで助かった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ユキも弥生も二人とも何やってたのよ! 時間は有限だって言ったでしょ!」
リビングに戻るとカンカンに怒ったエリカのお出迎えだ。
「すいません、エリカさん。少し眠ってしまいまして……。許して下さい」
弥生が丁寧に頭を下げる。おそらく一番仲の良い同じ歳のエリカにも彼女は礼儀正しい。
(弥生が敬語を使い出したのはいつからだったか? たしか出会った当初はタメ口で話していたような気がするんだが……)
「あれ? 弥生もしかして疲れてた? そっかぁ。ウチまで呼び出して悪いことしちゃったなぁ。ごめんね」
この切り替えの速さがエリカの良い所。普通は怒ってしまった手前、すぐに謝ることなんて出来ない。
「大丈夫ですよ。少し寝たら全快しましたし」
「本当に大丈夫なの? 疲れてるならお開きにする?」
「いえ、元気一杯です。せっかく来たんですから、最後までご一緒させて下さい」
「そう? ……じゃあ、弥生もこう言ってることだし、さっさと二回戦始めちゃいましょうかー!」
(あっ。そう言や、俺たち王様ゲームしてたんだっけ……)
ワキガのショックでゲームを一時忘却していた俺だが、全てを思い出し、ガクリと肩を落とす。
この時の俺は、この後、我が家で愚王が誕生するなんて思ってもいなかった。
……と言えば、嘘になるくらい嫌な予感をヒシヒシと感じていたのであった。
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