第3話 神のご加護ですね。神様は万能なので。

 

「……いいですよ」


 ルカちゃんはポツリと答える。


「あ……ありが」

「でも、そのかわり」


 私の言葉を遮るようにして、ルカちゃんは続けた。


「あの子を助けて欲しいんです」

「あの子?」


 それは先程、奴隷商人に散々虐げられていた少女だった。


「彼女はこの奴隷街へ来てからの僕の命の恩人なんです。だからどうか……」

「おいルカ、お前随分と暇そうじゃねえか」

「うわっ!?」


 彼の体が宙に浮かんだ。

 ルカちゃんの背後に突然現れた大男が、彼の首根っこを掴んで持ち上げたのだ。


「今の話、聞こえたぜ。ここで一体何をするってぇ?」

「そっ、それは」

「ま、いいけどな。お前が助けを求めたコイツ、見た目からしてどうせ聖女だろ? こんな女に何が出来るって言うんだ? ボク達が平和に暮らせるように祈って下さいってか、ははは」


 男は馬鹿にしたような笑い声を上げる。


「どうせなら、お前も奴隷になるか? どうせ聖女なんて祈るだけの女、荷物持つくらいしか出来ないだろうしな!」

「あっ、その言葉は駄目で……」

「は? ばーか、何焦ってるんだよ。聖女の祈りが怖くて奴隷商人なんてやれるか!」

「……」

「ははは、悔しかったら他にも何かやってみやがれ」

「あわわわわ」


 ルカちゃんは私の方をチラチラと見てくる。

 私は無言で男を見上げた。


「あん? なんだ、何か文句あんのか?」

「いいえ。確かに私、祈ることしか出来ませんし」

「ははは、ほら見ろやっぱり」

「……でも」

「ん?」


 にっこりと笑って男を見つめる。


「ルカちゃん」

「は、はいっ!」

「どうかあなたに神のご加護がありますように」


 そう言って胸の前で手を組んだ。


「は? お前まさか本当に」

「はい、祈らせていただきました」


 戸惑ったように口を開ける男。私は笑顔でそう答えた。


「……」

「……」


 沈黙が流れる。


「ぷっ……くくく。だからどうした? やっぱり何も起こらねえじゃ……」


 次の瞬間、ガンという鈍い音が辺りに響いた。

 男の体が激しくよろける。


「がはっ!」

「まあ大変!」


 男に近づき、顔を覗く。


「風で飛んできた看板が偶然あなたの頭の上に!」

「なっ……おっ、お前何を……した」


 男は頭を押さえながら苦し気にうめき声を上げた。


「いえ、何も。ただ偶然、看板が直撃しただけですよ?」

「う、嘘をつくな……! ただの偶然で……俺がこんな目に遭うわけ……ない…………だろ」


 そう言って男はそのまま地面に倒れ込んだ。

 どうやら気絶してしまったようだ。


「そんな事言われても困ります。だって本当に偶然ですから」


 私は倒れた男にそう言い放つと、ルカちゃんの元へ歩み寄った。


「大丈夫だった?」

「ええ、おかげさまで……」

「よかった、ルカちゃんに偶然、奇跡的にも、怪我は無くて」


 看板は男だけを直撃し、ルカちゃんには傷一つ付けることは無く地面に転がっていた。


「それは勿論、ノノアさんのご加護がありましたから……」

「え? 私は祈っただけだよ? ルカちゃんにあったのは神のご加護」

「そんな事言って、以前僕、ノノアさんに暴言吐いたモンスターが雷に撃たれて黒焦げになった姿を見た事あるんですが……」


 そういえば、そんな事もあった気がする。

 呪文節約とか何とかで、アイテム取るために私とルカちゃん二人だけで危険な森に投げ込まれた。その時も祈りでモンスターを殲滅したっけ。


 なんだバレてたか。

 偶然で片付けようと思ったのに。

 出来れば新しいパーティは、和気あいあいの明るいパーティでいきたい。畏怖されるとか一番やりにくい。


「それも神のご加護ですね。神様は万能なので」

「でも」

「私はただ祈ることしか出来ない聖女です」

「そ、そうですか」


 私は強引に押し切った。

 ルカちゃんの笑顔は微妙に引きつっていたけれど、納得してくれたってことにしよう。


「で、ルカちゃんが助けたがっていた子だけど」


 私は積み重なっていた背後の荷物を確認した。

 隙間から、少女が恐る恐る覗いている。


「あ、あの」

「大丈夫ですよ。この人は味方です」


 ルカちゃんが優しく微笑む。

 すると女の子はそっと顔を出した。


「紹介します。彼女はクレハちゃん。僕の命の恩人であり、そして……この奴隷街を牛耳るバロワー家のお嬢さんです」

「奴隷街を牛耳る家の……お嬢さん!?」


 私は思わず素っ頓狂な声をあげた。


「なっ、なんでそんな子が奴隷に?」

「はい、それは……」


 ルカちゃんの話によると、こうだ。

 彼女、クレハ・バロワーは珍しい輸入雑貨を取り扱う貿易商の一人娘として生まれた。

 しかしある日、バロワー家は流通ルートに目を付けられ魔物の一団に乗っ取られてしまう。

 両親は地下へ投獄。彼女自身は、こうして奴隷にされてしまったのだそうだ。


「皮肉にも偽のバロワー家は、あっという間に奴隷商として成り上がってしまいました」


 それはやがて、街全体が奴隷の街として栄える結果になってしまったらしい。

 一応勇者アルスとその一行として、魔物は倒したけど……。


「もしかして私達が倒したのは」

「恐らく彼らが用意した表向きの敵でしょう」


 クレハちゃんがこくんと頷く。


「僕達の生活は今の今まで何の変化もありませんでしたからね……」

「……そう」


 やっぱりあの時、アルスを殴ってでも街の復興を見届けるべきだった。


「よし、倒すか」

「えっ、ノノアさん?」

「安心して、私がお父さんとお母さんを閉じ込めた魔物を倒してくるから」


 そう言ってクレハちゃんの肩に手をかけた。


「い、いやいや! 何を言っているんですか!」

「え、だってルカちゃん、この子助けたいって言ったよね?」

「言いましたけど、魔物の討伐まではさすがにお願い出来ないというか、なんというか」


 ぶつぶつとルカちゃんの声が小さくなっていく。

 一応彼なりに私の身を案じているのだろう。顔は私より可愛いくせに。


「元々、私達の目的は、この街から魔物を退治することだったじゃない?」

「でもそれは、アルスさん達がいたから可能だった話で……」

「じゃあ大丈夫だ」

「へ?」


 私は笑顔でルカちゃんに告げる。

 それはもう満面の笑みを浮かべて。


「だって私、彼らより先に邪龍討伐するつもりだから」

「えっ、えっ、えええええええええええ!?」

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