永遠と唯一の物語
アイズ
第1話 迷い人
何かに見られている気がして少年は目を覚ました。兎(うさぎ)が物珍しそうに少年を見ていた。いや、正確には兎ではない。シルエットは兎なのだが、角があり、耳も地面まで垂れ下がっている。
「兎…じゃねぇな…」
その兎のようなものはすぐに身を翻(ひるがえ)して、森の奥へ消えていった。兎のようなものが消えていった先を少年は呆然(ぼうぜん)と眺めていた。
「ゲームみたいだな、ここは」
何となく思ったことを少年は呟(つぶや)き、また疑問を抱く。
-“げーむ“って何だ?-
自分が発したはずの言葉の意味が分からない。それを言った瞬間は確かにそう思ったのに、今となっては何も分からない。ものすごく奇妙な感覚に少年の頭は混乱した。
頭上には枝葉が生い茂り、木漏れ日が辺りを彩色していた。凡百(ぼんぴゃく)の生き物の息遣いが聞こえてくるような、そんな場所に少年は座って居た。背中を預けて居るのは、優に樹齢数千年を超えるような巨木だった。
何で森なんかに…そもそも何処から来たんだ。
何か引っかかるものはあるが、手繰り寄せようとすると糸が切れたように消えてしまう。分からない。それだけじゃない、自分の名前、家族さえも。少年は過去のことは何も思い出せなかった。いや、思い出せなくなっていった。まるで覚えていないというよりも、覚えていたはずなのに、忘れてしまう。考える度、思い出そうとする度に自分の記憶が薄れていく。
少年は怖くなり、過去を考えることを諦め、森を歩いた。至る所に大木の根が飛び出し、岩の上には苔が生えている。道とすら呼べないような所を慎重に、ただひたすらに歩く。周りの巨木に心を奪われながらも少年は必死に歩き続けた。
もうどれくらい歩いただろう。かなり歩いたのか。そうでもないのか。どちらとも分からない。距離や時間の感覚が狂っている。辺りの景色は変わらず、同じ所を歩き続けているような感覚になった。気が付けば日が傾き、木々は影を伸ばし、葉は金色(こんじき)に照らされていた。
「もう、こんな時間なのか」
少年は歩くのを止め、辺りで食べられそうなものを探した。ほとんどの植物は不味かったが、空腹を満たすため飲み込んだ。拾った木の実はそこそこ美味しかった。このまま死んでしまうのだろうか。そんな恐怖を心に抱え、身体は疲弊(ひへい)しきっていた。ほぼ一日中歩き慣れない森を歩いたのだから無理もない。少年は巨木の根元に寄りかかり、目を閉じた。夜の森は花々を月光が染め上げ、まさに花天月地(かてんげっち)を体現しているようだった。
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