妖精相談屋

砂藪

ある日の夜

 コンコンと樫の木の扉が叩かれる。


「こんばんは。こんばんは。相談屋はいらっしゃいますか?」


 飲みかけの紅茶を置いたまま、テーブルに突っ伏していたのにいきなり現実に引き戻されて、慌てて腰をあげる。


「はいはい、いますよ」


 赤茶色の髪をまとめながらドアノブへと手をかける。扉を開けるとそこには黒い馬がいた。銀色のたてがみが夜風に揺れる。誰かが飼っている馬かと思ったのも束の間、その黒い馬の蹄近くには魚の鋭いヒレのようなものがあった。


 ああ、これはケルピーだ。

 そもそも馬が扉を挟んで「こんばんは」なんて言うはずがない。夜に人も連れずに訪ねてくるはずもない。


「相談屋。相談をしにきました」

「相談の代わりになにをくれますか?」


 沼の泥がこびりついた石ころを足元に置いて、ケルピーが鼻先をそこに落として指し示す。


「沼の下に引きずり込んだ人間の持ち物を」


 ハンカチを取り出して、こびりついた泥を落とすと赤い色が出てきて、それが宝石だとすぐに分かった。


 ケルピーと河川に住み、人間を川の中に引きずり込む妖精のことだ。このケルピーは沼の中にいるみたいで、その沼は三年前に村人によって観光名所として仕立て上げられてた気がする。


「人が来なくて引きずり込めなくて困ってるんだ」

「……」

「この前まで人が多くきていたから、張り切って引きずり込んでいたのに……」

「具体的にどのくらい?」

「満月がもう一度同じ形になるまで……五十人くらい」

「いや、引きずり込みすぎだって」


 思わず、そう言ってしまった。馬の表情の変化はよく分からないけど、ケルピーは少しだけ首を傾げていた。人が消えすぎると、人は警戒して沼にやってこなくなると話すと二時間経って、やっと「じゃあ、住処を移そう」と言って、帰って行った。


 扉を閉めて、あくびをかみ殺すとまた背後で扉がノックされた。


「こんばんは。こんばんは。相談屋はいらっしゃいますか?」


 さっきのケルピーとは違い、声音が高い。


「はいはい、いますよ」


 扉を開けるとそこには小さな二足歩行の妖精が立っていた。少しやせ気味の小人に合わせて、思わず、かがんでしまう。その小人は私に小さな油さしを手渡してきた。


「相談の代わりを……」

「はい。受け取りました。相談事はどのようなもので?」

「チューインガムが好きで好きでたまらないのに、噛んでるといつの間にか口の中から消えてしまうんです」

「……チューインガム」

「グレムリンの仲間たちはチューインガムにドはまりしてるんです」


 その話は聞いたことがあるけど、本当にチューイングガムが流行っているとは思わなかった。ガムは確かに噛んでると亡くなるけれど……。


「どのくらい噛んでたんですか?」

「一週間」

「そりゃ口の中から消えるわ」


 チューインガムに限らず、噛み続けていたらなくなってしまうと一時間懇々と説明して、グレムリンは帰って行った。


 扉を閉めて、すっかりと冷めきった紅茶を見て、ため息を吐いた。


 祖母の跡を継いで、この家に住み始めてからは朝昼晩関係なく妖精が訪ねてくる。妖精たちは人間にとって価値があるものを代価として支払って、私は妖精の相談にのっている。そのせいで睡眠時間がとれない日々が続いていく。


 今度こそ、寝ようと思って、「閉店」の看板を掲げようとすると目の前に透き通ったトンボのような羽を持った妖精が立っていた。


「こんばんは。こんばんは。相談屋はいらっしゃいますか?」

「はいはい。いますよ」


 眠いなと思いながら、私の腰の高さぐらいまでしかない妖精に返事をする。その妖精は礼儀正しく礼をすると、私に赤い実を差し出してきた。


「私、シーオークと言います」


 シーオークといえば、神聖な茨の茂みや緑の丘、土砦に住む妖精のことだ。美しい月の夜には草原で歌ったり踊ったりして、そして、たまに人間を妖精の住処へと誘い込んだりする。


 そんなシーオークがわざわざ夜中に辺鄙な家に訪ねてくるなんて珍しい。


「どんな相談を?」

「最近、人間を誘い込んだら、テンセイとかムソウとか変な言葉を言い出して……色々壊したり、羽根をむしってきたり……なんだか、横暴というか……」


 いきなり妖精の住処に人間を誘い込む方もどうかと思うけど……私は留学先だった外国の文化の一つを思い出して、頭を抱えた。

「外国人はこれからは妖精の住処に誘わないように」とアドバイスするとシーオークは笑顔で去っていった。

 私は大きく息を吐いて、扉にかかった看板を裏返して「閉店」にして、家の中に入った。

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妖精相談屋 砂藪 @sunayabu

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