3-C 火種

 下へと続くステンレスの階段だけは異様に綺麗な状態で保たれていた。その階段の吹き抜けを覗くと数階下でオレンジ色の照明が見えた。階段を最後まで降りると狭いトンネルのような場所へと出た。幅と高さが人二人分ほどの大きさのトンネルだ。コンクリートでできていて、その先からは光が漏れ出ていた。地上につながっていると一瞬考えたがすぐに違うことは分かった。ヒンサレイの地上は常に曇っていて光が漏れ出るほど明るくはないからだ。二人はその光の正体が気になって歩きを早めた。すぐにトンネルの終わりへと差し掛かった。


 トンネルの壁と床と天井とがすべてガラス張りになり、その巨大なガラスのチューブのようなトンネルが血管のように張り巡らされて、眼下にある工場の上にあった。地下の空間は一つの都市が入ってしまうのではないかというほど広かった。今歩いているガラスのトンネルの下を見ると膨大な数のコインが生産されているのが見えた。ポールはそれが自分の持っているチップと同じものであると考え、答えに近づいているという何とも言えぬ揺らめく気持ちが沸き上がった。


 生産ラインは巨大で生産されているコインがあまりにも膨大で何の目的に使われるのか想定すらできなかった。そして、ポールの中にどこから資金が出ているのだろうという疑問が湧いた。ブラッドストーン財閥の傘下なら資金源は容易に分かるがこのように巨大な施設を作っておきながら手放して、倒産させるとは考えにくい。と考えると無関係なものが目につかないヒンサレイに作っただけなのか?それだとしたら誰が?


 「誰が支援しているのだろう?」


 リアもポールと同じような疑問を持っていたようでそんなことを口にした。


 「全く想像がつかない」


 ポールが思った通りに言った。


 「私も」


 コインの生産ライン以外にもいくつかの生産ラインが組み合わさっていて、何をつくっているのか分からないものをあった。複雑に機械と機械が絡み合って作られた巨大な工場はまるで一つの生き物のようで都市のようでもあった。


 トンネルは度々分岐したが真っすぐに道を進んでいった。分岐した先には同じように工場が広がっていて視界外までその光景は続いていた。やがてトンネルはコンクリートとオレンジの照明のものに戻った。入り口と違ったのは一定間隔で十字路のようになってトンネルが分岐していたところだった。分岐したトンネルを覗くとガラスの水槽がはめ込まれていた。近くまで行ってみるとその水槽で浮いているのは人間だった。マスクのようなものをして時々、気泡を吐き出していた。昏睡状態なのか意識は内容で目を瞑りただ水の中で浮いている。衣服は何も着ていないだけではなく、体の節々にコードを差すような穴が開けられていた。水槽の横に付けられたデータパッドには個体識別番号と心電図と呼吸の状態が表示されていた。718248という番号が振られた水槽の中の男はポールより少し年齢が高いように見えた。その水槽は一つだけではなく分岐したこのトンネルに無数の水槽が並べられていた。


 すると突然、目の前の水槽は下へと消えっていった。そして上から異なる水槽が現れた。データパッドの情報が変化して、違う人物の番号が表示された。目に入った限り、そのほとんどがポールほどの年齢の人物ばかりだった。


 「気味が悪い」


 「同感よ」


 ポールの言葉にリアはすぐに賛同を示した。元のトンネルへと戻り進んでいくと再びガラスへと切り替わった。先ほどの見た人間が浮かぶ水槽が並び、徐々にその列が進んでいるのが見えた。その列の先を辿っていくと水槽から人間だけが取り出されるところに着いた。水槽から出た人間はどうやら目覚めたようで背中を機械の腕に挟まれて運ばれる。その先にあったのは赤黒いものに汚された場所だ。それが血肉だと気付くのにそう時間はかからなかった。その場所に運ばれた人間の背中に大量の注射器が打たれ、それにつながるチューブを辿ると黒い液体のタンクが見えた。数秒チューブからその人間に黒々とした液体が注入された後、別の機械アームが背骨を剥がした。脊椎が血を伴って体から離れると下の床におぼろ豆腐のような小さな肉塊がボロボロと落ちた。そして、ムカデのようにうねる金属でできた何かが背中にできた大きな割れ目から背骨のあった位置に収まり、固定の為のビスが打ち込まれた。痛みに歪むその表情は叫びが届かないのに聞こえるようだった。気持ち悪いという感情よりも何なのか分からないという不安が勝っていた。


 「誰かが来る」


 リアがそう言った。ポールは精神拡張ドラックを飲み込んだ。虹彩に青が広がるのと同時に脳がトランス状態へと変化して、感覚が刃のように鋭敏になった。リアの言ったことが即座に真実だと分かった。視界にはまだ入らなかったが確かに人が一人近づいてきているのが分かった。徐々にその足音が近づき、ようやくその人物が顔を表した時、ポールは驚愕した。

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