シーン3 消えた患者
ナース 実は…。うちの病院で入院中の患者さんが居なくなってしまいまして…。
警官 おや、それは大変だ。
ナース なにかご存知ありませんか?
警官 さあ…。どんな方でしょう。
警官とナースが会話をしている間に青年はまたソワソワし始めて、立ち上がってその辺りをうろつく。
ナース 詳しいことはわからないんです…。私の受け持ちの方ではなくて…。手が空いてる人間はとりあえず探してこいと言われたものですから…。そのまま出てきてしまったんですよ…。
警官 なるほどね。急を要することでしょうから、私もお探ししましょう。
ナース ありがとうございます。助かります。
警官 詳しいことはおわかりないとしても…。例えば、その方の性別は?
ナース 男性です。
警官 (メモを取りながら)男性ね。
ナース 心配なんです…。少し、精神的なご不安をお持ちの方のようでして…。
警官 なるほど…?
警官が青年の方をちらりと見ると、彼は四つん這いに屈んで土中に半分埋まったタイヤの穴を覗いたり、隙間に手を入れて弄ったりしている。やはり何か探している様子。
ナース あ、お巡りさん…。
警官 ああ、はい。なんでしょう。
ナース もし、それらしき方とお会いされても…。病院とか、入院などという言葉はあまりお使いにならないようにお願いします…。
警官 はあ…。なぜでしょう?
ナース 入院生活が嫌で抜け出してしまう患者さんはたまにいらっしゃるんですけどね…。そういうとき、むやみに病院のことなどをお伝えすると連れ戻されるのでは、とパニックを起こしてしまう恐れがありますから…。
警官 はあ、なるほどね。わかりました。失礼ですが念のため、あなたのご身分がおわかりになるものを何か…。
ナース ああ、はい。
首から下げて服の中に閉まっていた看護士の免許証を見せるナース。
警官 ありがとうございます。あの、ちょっとこのまま…。このまま、ここでお待ちを…。
ナース はい…?
青年は再び帽子を逆さまにして激しく振ったり、中身を確認したりしている。
にこやかな笑顔を作って近寄り、彼の肩をポンと叩く警官。我に返って振り返る青年。
警官 いやあ、お待たせしてすみませんねえ。
青年 ああ…。(帽子を被り直しながら)どうも…。
警官 見つかりませんか。
青年 そうですね…。だめみたいです…。
ナース あの、お巡りさん…?
警官 (ナースに)いえね、実はこの方、何か無くし物をされているようでして。さっきからこうして、ずうっとお探しになっているんですよ。
ナース はあ…。それは大変ですね…。
警官 それがねえ。この方、何を探しているのかご自分でもわからないようなんです。
ナース(青年に)あら。それはお困りでしょう。
青年 はい…。
ナース(にっこり微笑んで)早く見つかるといいですね。
青年 (少し安堵して)ええ…。ありがとうございます…。
ナース(警官に)では、わたし急いでおりますので、これで。
警官 えっ…。いや、ちょっと待ってくださいよ。
ナース なんでしょうか。
警官 あなた、人をお探しなんでしょう?
ナース そうですよ。ですから急いでるんです。
警官 いや、だから…。(ナースから受けた注意を思い出しながら)えーっとね…。
ナース ……?
警官 (閃いて)あ、そうだ。この方ね、ご自分のお名前もご住所も、なーんにもわからないそうなんですよ。
ナース あら…!そうだったんですか。
警官 困るでしょう?
ナース 困るでしょうねえ。
青年 いえ…。それはいいんです…。それより探しものの方が気になってまして…。
ナース ああ、そうでしたね。(微笑んで)早く見つかるといいですね。
青年 (微笑み返して)ええ…。ありがとうございます…。
ナース では、また。
警官 ええっ…!いや、ちょっと…。
ナース なんですか?
警官 この方、自分の名前も、住所も。何もかもわからないんですよ。
ナース そうみたいですね。
警官 いや…。だからその、ね‥。やっぱりお困りだと思うんですよ…。
ナース(青年に)あら、やっぱりお困りなんですか?
青年 いえ…。それはとくに…。
ナース ああ、探し物はね。
青年 そうなんです…。
ナース(微笑んで)早く見つかるといいですねえ。
青年 (微笑み返して)ありがとうございます…。あなたも…。
ナース あ、そうよ。わたし人を探しているのよ。
警官 そう!それですよ!
ナース では、わたしはこれで。
警官 ええっ!?
ナース 失礼します。
小走りで去るナース。
警官 ちょっとあなた…!
青年 (ナースへ)さようなら…。
警官 ちょっと待って、待ってください!まだ行っちゃだめですよ…!おーい…!
青年のことが気になり、様子を伺いながらもナースを追いかけ、その場から走り去る警官。
青年はすっかり落ち着いた穏やかな様子でまた煙草に火をつけ、美味しそうに吸う。
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