第4話 俺、異世界で仕事の楽しさに目覚める

 こんな感じに俺は持て余した暇を使って、現代知識と魔法融合による魔王城での生活環境改善に勤しんだ。

 風魔法とフィルターを組み合わせたサイクロン魔法掃除機、水魔法と熱風魔法をプログラミングして箱に閉じ込めた洗濯乾燥機、断熱素材の箱に凍結魔法を組み合わせた冷蔵庫、風魔法空調に氷熱魔法温度調整機能を加えたエアコン、熱魔法クッキングヒーターに水魔法ウォシュレット付き水洗トイレ等々……、これら家電製品ならぬ家魔製品の開発によって魔王城の住環境は著しい向上を果たした。


「紙に書いた文字や絵を別の紙に写す魔道具か。うむ……光魔法で照らした陰影に合わせてインクを水魔法で動かし、それを別の紙に刷るのか。本当に貴様は面白いものを考える」


 骸骨魔王は自身の研究室に運び込まれた、俺の新発明である腰の高さサイズの箱から吐き出された紙を見て、顎の骨をゴリゴリ触りながらそう唸った。


「コピー機です。俺というか俺の世界の人間が面白いものをたくさん作っていただけですが」

「先日、文字の書いてあるボタンを押すと同じ文字が紙に写るタイプライターなる魔道具を作っていたが、内務卿の報告によると文書作成速度が格段に向上したと事務官たちから好評であったそうだ。このコピー機とやらもさぞ喜ばれることだろう」


 とりあえず思いつく住環境改善が一段落したので、最近では魔王城の労働環境に手を伸ばしてOA機器の開発に励んでいた。というのもこの魔王の国は先代魔王が魔界統一を果たすまでに文書行政の国家機構を整備したそうで、意外なほどにこうした魔道具の需要が高かったからである。

 俺は魔王様のお褒めの言葉にニヤリと不敵の笑みをこぼした。


「ふふふ……タイプライターに関しては、ゆくゆくは思ったことを直接文字に出力できる、俺の世界にもなかった夢の魔道具を目指しています」


 正直なところ俺は面白くなっていた。これでも前世は会社人間である。上の方針が明らかにおかしくてもやれと言われたらやらねばならず、やりたいことがあってもダメと言われたらできない環境に甘んじて働いてきた。しかしここでは魔王様の「好きにしてよい」発言のお墨付きにより、やりたいことがやりたいようにできるのである! 魔王に魔法に長けた助手を融通してもらい、魔法による電化製品の再現研究に励む日々。そして目に見える続々たる成果! ヤバい、仕事楽しい!


「他にも通信機器の開発にも取り組んでおります。将来的には幻影魔法と思念通話魔法を機械化して遠方の部下とZ〇〇M会議ができるようにするつもりです。いやー、夢は広がりますな! だはははは!」

「ずーむ? ともかく楽しそうで何よりだが……」


 少し引き気味に俺の高笑いを見ていた魔王様は、恐る恐るといった様子でかねてより抱いていたらしい疑問を口にした。


「ところで、何故こうした話をするときの貴様の服装はいつもそれなのだ?」


 髪を後ろに束ねて伊達眼鏡を掛け、翼が出るように腰から二本のスリットを入れた白衣を白ワイシャツ黒ネクタイの上から羽織り、ヒップラインからスッと伸びる黒のスラックスを穿いて、その裾先から覗ける金色モフケモ足を強調する黒紐のヒールサンダルを履いた俺は、確信をもってその疑問に回答した。


「博士たるもの白衣と眼鏡は欠くことができないからです。そして古来より美女の白衣の下は白シャツ黒タイと身固く引き締め、露出はポイントを絞るものと決まっているのです。ただ肌を出せばエロスなど言語道断! それは痴女だ!」

「わからん……」


 眼鏡をクイッとして答える『キリっとキツめのお姉さま博士コス』をした俺に、お約束のリアクションを返す魔王様は今日もお可愛いことで。


「まあ、私の仕事はこのように順調でありますが……ところで魔王様のお仕事の方はいかがですか?」

「人間界との門を塞ぐ結界の強化か」


 俺の振った話題に魔王は骸骨頭を指でトントンと叩きながら溜め息交じりに答える。

 門とは魔界と隣接して存在する人間界とを繋ぐ空間の歪みである。魔王城の上空にあって視覚的には波紋のような揺らぎを湛えて浮かんでおり、それを覆って巨大な魔法陣による結界が張られていた。


「難航しているな。結界の出力を上げる問題が解決できない」


 この結界が魔王にとって今一番の難題であった。


「新たなる勇者が先代勇者と同程度の実力と計算すると、今の出力では聖剣に対して紙に等しい。聖魔相克の反発増大を利用する方法も検討したが、結局は聖剣と同等の魔力が必要になる点で大差がない――」


 勇者――神と精霊の祝福を受け、聖剣を授けられた戦士であり、人間界に攻め込んだ魔王軍を迎え撃って壮絶な戦いの末に魔王との相討ちに果てた人間界の英雄――だそうだ。

 なんでも勇者の聖剣はその一振りで文字通り山を切り裂いて谷を作るというような地形改変を軽々と引き起こす、Z戦士もかくやという戦略核弾頭級の攻撃力で魔王軍を薙ぎ払ったらしい。これと相討ちになった先代魔王もきっと戦闘力五十三万くらいあるバケモノだったのだろう。そういうレベルの戦闘はマンガやアニメの中だけにして欲しいものである。


「人間たちは先代勇者の息子を新たな勇者として育てている。時が来れば将来の憂いを断つために、この魔界に攻め込んでくるのは確実であろう」


 聞いた話だと先代魔王は魔界統一を果たした後に、平和になった魔界で不要になった魔王軍兵士の失業対策を目的に人間界へと攻め込んだそうだ。この魔王城自体この侵攻のための前線基地として門の近くに作られたらしい。

 こうした統一後の外征は、秦の始皇帝やら豊臣秀吉やらの天下統一者も行っている歴史ではまあまあ見られる戦後の戦力発散現象である。天下統一で平和になり、血と暴力に生臭い戦場帰りの兵隊が仕事の当てもないまま大量に民間へ戻ってくると、都市ではギャング、地方では山賊野盗、政治に結び付けば反体制ゲリラになるなど、治安の安定どころか暴力の再生産を起こして、内戦が終わってもまったく平和にならないアフリカの紛争国のような状況に陥るので、それならこの物騒な余剰兵力を丸ごと外国にぶつけて領土も増えれば万々歳――というのは俺のようなアラフォーオッサンが二十年余りネットの波をプカプカしてたら身についた耳学問分析であるが、まあ魔界統一直後の治安の安定を考えれば、ある程度妥当性のある政治判断だったのだろう。

 しかし攻め込まれる方はたまったものではない。当然抵抗するし実際に勇者の力で撃退した。そして次に思うのは「二度目があるのでは?」という疑念である。そうなれば人間側の行動は新しい勇者を育成し、再び攻め込まれる前に魔界に攻め込もうという先制防衛になるのは自然の流れであった。

 一方で魔界側としては先の侵攻の理由になっていた余剰兵力が失われ、失業兵士の大量発生回避という戦争目的は達成したので戦う理由はない。むしろ逆に戦えない状況が生まれていた。先代魔王のような強力な戦力の喪失だ。


「次代の勇者が先代勇者と同程度の力を持っていれば、今の我が軍に対抗しうる戦力はいない。勇者が育つ前に完全な結界で門を塞げればよいのだが……」


 そこで結界である。この二代目魔王は先代魔王の敗北後すぐに人間界からの逆侵攻を防ぐため門に結界を張った。しかし現在成長中という二代目勇者は、いずれ戦略核弾頭級の攻撃力を持つことになると想定される。恒久的安全のためには核攻撃に耐え得る結界が必要であるが、そんなもの簡単に作れる訳がない。しかし魔界の命運は、この結界実現に挑む骸骨魔王の双肩に掛かっているのである。


「俺にも手伝えることがあればいいんですがね」


 ここしばらく魔王はこの研究室に籠りきりで結界強化の実験を繰り返していた。しかし成果は芳しくなく、魔王は少し疲れた様子で息を吐いた。

 魔王からは何度か目指す結界の理論的問題点について説明されたが、純粋な魔法理論の話となると俺が持つ現代知識などまるで役に立たない。俺にできることといえば現代知識を活かした魔道具開発と、無駄にエロい身体を活かしたコスチュームプレイで応援してあげることくらい――なのだが、魔王様は性癖凄いのに骸骨なだけに肉欲がなく、俺も俺でこの戦闘用キメラボディに生殖は不要と性欲がオミットされているので、俺の現代知識無双エロコスプレもドキドキトゥンクとか特にない、ただの珍妙な風景に過ぎんのだよな……。まあ、中身オッサン×オッサンの禁断のTSラブコメ展開なんてなられても困るんですけどねっ!


「いや、貴様と話していると随分と気晴らしになる。十分に手伝ってもらっているよ」


 そんなくだらない思考をしていたところで、魔王様から唐突なイケメン台詞を頂いた。そこそこ付き合いを重ねてきて気付いたがこの魔王、骸骨ながら微妙に表情があり、今見せている顎を軽く引いて少しだけ口を開いている顔は微笑んでいるときの表情であるらしかった。

 この表情をこの骸骨は俺といるときだけに見せてくる。


「メス堕ちダメ! 絶対!」

「はは、相変わらずよくわからんことを言う」


 魔王が同じ表情でそう笑う。ヤベーよ、ドキドキトゥンクしちゃうよ! オッサンなんか堕としてどうするつもりだ、この魔王!? ラブコメか!? ラブコメすんのかっ!? しちゃうのかぁぁぁっ!?

 俺が危険なフラグに肩を抱いてブルブルしていると、しばらく笑っていた魔王が不意に笑いを抑えてじっとこちらの顔を見据えてきた。どうしたと思って目を合わせると、それを待っていたように魔王が口を開き、


「案ずるな。これでも私は魔王だぞ?」


 そう真っ直ぐに言われてしまったら、俺としては魔王の肩を軽く叩いて、


「あんまりこんを詰めすぎてもいい仕事はできねぇぞ。骨休みも入れろよ? 骨なんだから」


 ぶっきら棒な言葉をジョーク混じりにくれてやり、魔王の笑い声を背中に部屋を出ることしかできなかった。


「おや、こちらにおいででしたか」


 研究室を出た廊下で出会ったのは直立歩行する人間サイズの黒光りダンゴムシ――魔王の右腕とも呼ぶべき内務卿だった。どうやら魔王に報告だか決裁だかの用事があるらしく、後ろに書類の束を持たせたゴブリンやオークなどの部下を連れている。


「魔王様はご機嫌よろしいでしょうか?」


 触覚複眼で骸骨以上に表情の読めないダンゴムシさんが、研究室から出てきたばかりの俺に魔王の様子を訊ねる。


「たぶん……いいんじゃないかな?」


 言葉を濁したのは俺の機嫌の方が少しよろしくないからで、そのことに自分でちょっと驚いてしまった。


「あなた様が来てから魔王様は楽しそうでいらっしゃる」


 俺の内心の驚きをよそに、ダンゴムシが虫の口をギイギイ鳴らしながら、そう嬉しそうに言った。


「陛下は我らの懇願のためにご自身の意思に反して魔王となられた御方。ですから我らがためにここまで献身される義理などないはずなのですが……」


 勇者との戦いで先代魔王とともに人間界へ従軍していた有力な魔族たちもほとんどやられてしまったらしく、魔法研究を専門として魔王城で留守をしていたあの骸骨が、周りに盛り立てられて二代目魔王に即位したという経緯は何となく聞いていた。本人はかなり消極的だったらしいが推された理由は単純明快、魔界に残っていた魔族の中で一番強かったからだそうだ。

 しかし乗り気でなくても根が生真面目な骸骨である。魔王に即位すれば内では先代魔王の死により瓦解に瀕した集権機構の維持に努めて魔界の秩序を保ち、外には人間側の逆侵攻を防ぐ結界を張り、さらに対勇者にその強化の研究を進めるなど、適切な事後策を講じるその手腕は確かなものであった。そしてそれ故にその忙しさはまさに骨身を削るほどのものになったという訳である。骨だけに。


「ですので、あなたのような御方が近くにいらっしゃることに感謝しているのです」


 そう言って内務卿はダンゴムシの背中を曲げてペコリと頭を下げた。その丁寧な態度と評価に、俺は鼻の頭を掻いてなんとも言えない気持ちを誤魔化した。俺の魔王に対する不遜とも思えるほどにフランクな態度は、もう前世には戻れないこの第二の人生が失うもののない余生だと思っての開き直りであり、だから骸骨魔王なんていう見た目からしておっかない存在にも恐れを抱かず振舞えただけで、別に今の魔王の置かれた状況をおもんばかって取った行動なんかでは決してなかった。

 そんなただの結果オーライを感謝されるのは非常にむず痒い。


「これからも陛下をよろしくお願い致します」


 けれど彼らの感謝は心の底からのもので、黒光りする甲殻を深々と下げてお辞儀をする内務卿と、それにならって頭を深く下げる後ろのゴブリンやオークたちに、俺は頭を掻きながら「わかった」とうなずき返すしかなかった。


「魔王様は愛されていらっしゃる……」


 入室していく彼らの背中を見送りながら、今度は遠隔で書類決裁できる魔道具でも考えてやろうかと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る