第2話 俺、魔王の性癖を擦る

 白い病室。

 末期ガンでベッドに横たわる俺の顔を、妻と娘と息子が覗いている。

 涙を流しながらも覚悟を決めたように見える妻。不安に押し潰されそうな顔の中学生の娘。状況がよくわかっていなさそうな困惑を顔に浮かべる小学生の息子。

 三人が握る手の熱が、モルヒネで混濁していく意識の中で俺が感じた、前世での最後の記憶だった。

 そして今世の最初の記憶は――、


「魂が定着したか。どうだ、私が見えるか?」


 俺の顔を覗き込む骸骨頭の魔王だった。



   ***



「ねぇ? だからどういう性癖してんの? ねぇ?」

「貴様は何度同じことを訊くのだ。実験を突き詰めた結果その形に至っただけだ」


 俺がこの先百万回はこすり倒してやろうと思っている質問に、魔王らしい漆黒のローブに身を包んだこの骸骨は、執務机に積まれた書類の束に目を通しながら、うんざり気味な声で何度もした説明を繰り返した。


「キメラは母体となる触媒の霊格によってどこまで合成できるか決まる。高い霊格を持つエルフの姫の亡骸を母体としたときに可能だった限界の組み合わせがあの姿であっただけだ」

「あの戦闘形態はその言い分で理解した。でかくて強そうをチャンポンし、かつ使えるエロを組み合わせたあのフォルムには男の夢が詰まっている。それに異論はない」

「いや、その観点には異論があるが……」

「しかしだ。なんだこの人型省エネモードのフォルムは」


 書類から顔を上げた骸骨魔王の異論を遮り、俺は怒り口調で両手を広げて自分の身体を見回す。

 この魔改造キメラボディは戦闘用ということで、上半身こそ素体のエルフそのままの人間サイズだが、下半身や翼に尻尾は合成させた竜や魔獣のサイズを基準にしており、腰までの体高は実に三メートルにも達する巨大さだった。

 このサイズでは日常生活に不便が生じる上に、何より身体の維持に必要な魔力消費が激しいということで、魔王は人間サイズの省エネモードに変身できるギミックを組み込んでいた。では、その姿を見ていこう!

 上半身は元のエルフのままの姿だが、視線を下半身に移動すればまず見えるのは臍から下腹部にかけてをつるりとした黒く艶めかしい光沢で覆う竜の鱗だ。さらに下を見やるとお尻から足先に至るまでをフサフサとした柔らかい金色の獅子の獣毛が包んでいることに気づくだろう。そこから視線を背面に移せば、人間サイズに小型化された腰の翼と尻尾の蛇がパタパタフリフリと可愛らしく動いているのが目に映る。

 俺は叫んだ。


「二次元水濡れスク水描写のごとき鱗に臍のエロ質感! 翼に尻尾が生えていることによる腰から尾てい骨までの強制露出! ケモ足! 長耳エルフ! ロ〇ドス島から始まり昨今の異世界転生ものに至るまで三〇年近く様々なファンタジーを吸収してきた俺でも、ここまで属性モリモリのヒロインはニッチが過ぎて見たことのない組み合わせだぞっ!?」

「すまんが、ほとんど何を言っているのかわからない……」


 そう口をパクパクさせる骸骨魔王。俺はそれに鼻息を鳴らす。


「わからないだと? こちとら幼少期に地方局の再放送で八〇年代アニメを履修しつつ、九〇年代の夕方からゴールデンタイムのアニメを観て育ち、ゼロ年代に深夜アニメの薫陶を受け、ゲームもファミコンから各ハードの世代交代をその身に体感しつつPCのオンラインゲームにも手を伸ばし、インターネットの荒波に乗り出してフラッシュ掲示板からニコ動の隆盛へと至る変遷を眺め、そして二次創作から興隆したWEB小説の繁栄と、ソシャゲや画像投稿サイトとリンクしたSNSの性癖空間の氾濫を見届けながら異世界へと舞い降りた、アラフォー日本人のサブカルエリートだぞ! 異世界の魔王ごときに理解できてたまるかっ!」

「私は何を怒られているのだ……?」


 俺の大熱弁に気圧される魔王の骸骨顔に、指を突きつけてさらなる追撃を加える。


「特におぞましいのは、ここで俺のようなオッサンの魂をわざわざ異世界から召喚してこんな美女の身体にぶち込んだアラフォーオッサンTSという、因業の極みと呼ぶべき悪逆無道の属性だ! この悪魔っ!」

「確かに私は魔の王ではあるが……。それは何度も説明した通り偶然の産物だ。肉体と魂にはそれぞれに固有の波長があり、それが適合するものでなければ結びつけることができない。その肉体に適合する魂がなかったため、精霊召喚の魔法を応用して異世界から適合する魂を召喚する新魔法の実験を行った結果、偶然にも貴様の魂が召喚されたのだ。決して意図して肉体と異なる性別の魂をんだのでは――」

「ともかくだ」


 俺の激しい糾弾に対して、わざわざ身を正して律儀に何度もした説明をしてくれる骸骨魔王の肩に手を置いて、俺は「ふうっ」と一息吐いてからこう告げた。


「お前の性癖は凄い。最低に最高だ」

「それは褒めているのか……?」


 俺のサムズアップに、魔王は顔色もへったくれもない骸骨顔でもありありとわかる困惑を浮かべてため息を吐いた。

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