魔改造キメラエルフにTS異世界転生したアラフォーオッサンの俺が、骸骨魔王のために勇者と死闘を演じています。

ラーさん

第1話 俺、勇者と死闘を演じる

 勇者が振るう聖剣の斬撃は、射程無限の破壊兵器だ。


「うっは! 嘘だろ!?」


 魔界の大気に満ちた瘴気を裂く光の波となって放たれた聖剣の斬撃は、翼を羽ばたかせて回避した俺の足の下を通り過ぎ、魔王城に立ち並ぶ尖塔を三つほど切断した勢いのまま後方に広がる山脈の頂の一つを熱したナイフに触れたバターのように斬り飛ばした。冗談じゃない破壊力だ。


「こなくそ!」


 続く山体崩壊の光景が目に映る前に、勇者が大地を蹴って空を飛ぶこちらへと跳躍してくるのを、俺は大量展開した魔法陣から放つ衝撃波の連射で迎撃する。


「はっ」

「立体起動かよ!?」


 この攻撃を勇者は魔法で空中に見えない足場を無数に作り、跳弾する弾丸のような動きで連続に回避した。どこのアニメやマンガの強キャラムーブだ!? 勇者って奴はチートが過ぎるっ!


「ならっ!」

「――見えた」


 標的が定まらないならと広範囲魔法に攻撃を切り替えようとした俺の僅かな隙を、勇者は当然のように見逃さなかった。衝撃波の切れ目を見抜いて一瞬で俺より高く跳び上がり、魔法の足場を踏み返しての反転で背後から迫る。


「もらいます――」

「死ねるかよっ!」


 輝く聖剣の誇張なき文字通りの必殺の一撃を、俺が展開した数十枚の厚さの多重防御結界が受け止める。眩い輝きを放ちながら十枚単位の速度で次々と破られていく結界が稼ぐコンマ数秒の時間の中で、俺は下半身の前肢の竜爪に込められるありったけの魔力を込めて振り返りざまに渾身の一撃を放った。


「喰・ら・え・やっ!」


 すべての光を塗り潰すはずの暗黒魔力をまとった漆黒の竜爪は、しかし聖剣の放つ聖気に触れるほど風になびく灯火のように散り散りにその魔力を減衰させ、熱線にでも曝されたようにその竜鱗を焼かれていく。

 だが、勢いは止まらない。


「くっ!」


 勇者が聖剣を引き戻して竜爪を受ける。魔力を払われても重量だけで十分な威力のある一撃に勇者は吹っ飛び、そこに追撃の光線魔法を連続で叩き込む。


「だらららららららっ!」


 爆炎と閃光が間断なく繰り返される光景が広がって、不意に往年の国民的バトルアニメで野菜の星の王子様なんかがよく見せるシーンがフラッシュバックし、「グミ撃ちは負けフラグ」なんて不吉な言葉が脳裏をかすめた瞬間に、聖剣の光の斬撃が光線魔法の束ごと俺の左腕をぶった斬っていた。


「やりますね」


 悲鳴を上げる間もなくそんな台詞とともに距離を詰めてくる勇者に、俺は丸太ほどの太さのある尻尾の蛇頭を叩きつける。


「ですが勝ち目はない」


 血飛沫を引いて蛇頭の首を斬り上げた聖剣が手首を返して振り下ろされる。俺の目にはその光景がスローモーションの映像のように映った。


 ――これは死ぬ。


 聖剣が何重もの防御結界を紙でも裂くように破っていき、咄嗟に前に出した四枚の翼と両前肢の竜爪も難なく斬り裂き、その切先が俺の胴体を袈裟斬りに走り抜けた。


「――ぐはっ」


 飛び散る血と羽根。回転する視界。背中を打つ衝撃。吐き出される息。地面に叩きつけられた。認識が追い付いてくるとともに鈍い痛みが全身に広がって激痛となり、荒い呼吸の音が耳に届いてくる。口に広がる血の味と臭い。辛うじて胴体は両断されていないようだったが、流れ出る血の感触がこれは致命傷だと伝えている。

 やられた。完全に。遠くで何かが崩れる音が聴こえた。さっきの聖剣の一撃で引き起こされた山体崩壊の地響きの音か。全力で戦って稼げた時間が、あれから山の崩れる音がここまで届く程度の時間だけとは本気で泣けてくる。

 だが、そうであったとしても、俺は――、


「エルフの姫」


 勇者が地面に降り立つ姿が見えた。聖剣を携えた光の勇者。笑えるほどにRPG世界からそのまま抜け出したかのような鎧マントに額当てという出で立ちの勇者は、その顔をよく見ればまだあどけなさを目鼻や輪郭に残す、高校生くらいの年齢の黒髪の少年だった。こんな子供があんなバケモノ染みた暴力の権化だとは、つくづく異世界という奴は理不尽な所だと苦笑が漏れる。

 そんな俺を見下ろして少年勇者が問う。


「そのような身体にされてまで、なぜ魔王のために戦うのです?」


 俺の身体――エルフ族の姫だったという金髪碧眼の長耳美女のスレンダーな上半身に、ドラゴンの前半分と獅子の後半分の胴体を下半身に取り付け、さらに四枚の大鷲の翼を腰に、巨大な蛇の頭を尻尾に合成した魔改造のキメラ――作った奴の性癖を百万回は問い質したい属性てんこ盛りのふざけきったこの身体を見つめて、勇者の瞳に悲哀が映った。


「あなたの攻撃にはほとんど殺意を感じなかった。好きで戦っていた訳ではないでしょう?」


 殺意とかそういうのって本当にわかるもんなのか――なんて場違いな感想を抱いてしまうのは、このふざけた身体の一番のふざけた要素が、この身体を動かしているのが勇者の言うエルフの姫ではなく、異世界召喚された日本育ちのアラフォーオッサンの魂であるからだった。TSオッサン魔改造キメラエルフ。誰が考えたこんなクソ設定。


「理由があるから困っちまうんだよなぁ……」


 竜の前肢と獅子の後肢に残された力を込めて立ち上がった俺は、勇者を見下ろしてそう笑う。

 そうなのだ。

 こんなクソみたいな身体で、こんな理不尽な勇者バケモノと戦う理由があるのだ。

 俺の後ろにそびえ立つ魔王城。

 そこにいる奴の顔を思い出すなに、俺は苦笑しながら立ち上がる理由を得るのだ。

 翼もなければ左腕もない、前肢の竜爪は断たれ、尻尾の蛇頭も失い、上半身は止まらない出血に血塗れである。

 この満身創痍でもまだ戦う姿勢を示す俺に、勇者は困惑に満ちた表情で聖剣を構えながらこう訊ねた。


「それは……愛ですか?」


 愛。

 その言葉の意味が頭に浸透してくると、俺は可笑しく可笑しくて思わず声を上げて大笑いした。愛。なんて真面目腐った大仰で羞恥に塗れた言葉だ。


「そうだな」


 俺の反応にさらに困惑の表情を深める童顔の少年勇者に、俺は俺史上最高に不敵な笑みを作って叫んだ。


「愛ってのは複雑なんだよ、勇者さまっ!」


 まったくもってこんな魔改造キメラにTS異世界転生させられたオッサンが、あんな骸骨魔王のためにこんなバケモノ勇者と命がけで戦うなんて、愛とか笑ってしまうような理由でなけりゃ説明のつかない話だった。

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