TRESVIRI

あだち

プロローグ

第1話 プロローグ

「苦しみ短く、甘い死を。まさに神の御許に」


 神は何故、人間に力を与えるのだろう。人間であるこの俺に、人ならざる不思議な力を何故、与えたのだろう。

 この手には秘匿すべき力がある。父から受け継がれた”遮断”の力が。

 不思議な力は魔のものだ。誰かに知られてしまったら、異端として裁かれる事は免れない。

 神が全てのこの世界で、神のみが奇跡を起こせると誰もが信じるこの世界で、あってはならない力が、ここに存在している。

 俺はこの何の為にあるのかわからない力を、躊躇ためらいながらも持ち、使い続けている。皮肉なことにこの力は、俺の仕事にはうってつけのものだ。神の名の下に行う神聖な役目に、得体の知れない魔の力を、俺は使っている。この力は、苦しむであろう誰かを救う為のものなのだと、自分に言い聞かせ、出来る時は使う事を心に決めていた。


 そしてまた一人。彼は、苦しみなく、生を失った。

 俺が力を使ったから。

 俺が死を与えたから。

 そうして手には感触だけが残った。

 いつものように生々しく、狂いそうな重さと暗さを染み付かせて、一つの感触だけが手に残った。

 人を殺した感触が。

 落ちた首はサッカーボールのように床に転がって、誰かに蹴られるのを待っているようだ。しかし、それを蹴って遊ぶ者はいない。

 集った観衆は石の上に転がった首を見て、ただ野次を飛ばしゴミを投げてわらう。

 黒い靴に飛んだ血が、赤を主張する残酷な色へと漆黒を塗り染めていく。鋭く研かれた刃で切断された首の断面と同じ、赤い鮮やかな色だ。

 肉も、筋肉組織も、血管も骨も、そこにある人体を構成している物は、全て同じ赤に覆われて、よく見えない。

 目の前全てが赤になる夕焼けのような、おびただしい赤の量。

 見上げた先に見えるのは夕焼けでも青空でもない、ただの灰色の石。赤に染まった床と同じ色。閉ざされた灰色の空だ。

 皮を裂き、肉を切り、骨を断った堅い感覚は、手に残ったまま。

 真っ赤に塗り替えられたような床の上で、溢れる血に浸かっている髪を掴んで、転がる首を持ち上げる。

 重い。

 これは、今しがた奪った命の重みだ。

 全ての感覚を自身の中にしっかりと刻み付けてから、静かに瞼を下ろした。

「死を以って罪人の罪は浄化された。この者の罪を神が御赦しになられた。死を歓迎せよ。とこしえなる解放に感謝を捧げよ。神よ、この魂を憐れみたまえ。アーメン」


 単なる常套句じょうとうくと化した祈りを口にし、ほんのつかの間の黙祷を捧げた。

 手に残る感触を握り締める。全てを見ていた目を、そっと閉じる。

 赤は消えない。

 全ては絶え間なく、赤く染まり続けている。

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