不細工少女は、本当の自分を取り戻して幸せになりたい

兼見 パイン

第1話 二人の春菜

 


 「春菜はるな~お願いがあるんだけど」


 手を胸の前に組んで目を潤ませた春ちゃんがそう言いながら私の前にやってきた。


 またいつものお願いだろうなと思いつつ、私は口を開いた。


 「春ちゃん、お願いってなに?」

 「あのね、握手会なんだけど……」


 (やっぱりそれだよね)


 予感が当たったなとタメ息を吐いた。


 「いいよ、何処に行けばいい?」


 私がそう口にした瞬間、春ちゃんはパァっと笑顔を見せて私の手を両手で包んだ。


 「本当~!ありがとう~うんとね、○○書房で六時からなの、時間も無いから急ご!」


 そう言うと春ちゃんは私の手を引き、さっさと教室を出る。

 そして春ちゃんに引っ張られる形でトイレまで連れてこられた私は『私の予定じゃないんだけど』と思いつつも春ちゃんと両手を繋ぐ。

 

 「春菜いくよ?」

 「うん、お願い!」


 春ちゃんの返事に頷くと私は春ちゃんの両手をギュッと握った。

 すると、私から何かが引き抜かれる感覚と、春ちゃんから私の中に何かが流れ込んでくる感覚が同時に身体中を駆け巡る。


 全身がゾワっとするこの感覚は何度経験しても慣れない。


 春ちゃんから流れ込んでくる何かが止まると私の体に変化が現れる。


 私のプックリとした顔がもぞもぞと動くと、太めの首、ぽっちゃりとした体、ムクムクの手、そして豚のような足へと順番に下りてくると、もぞもぞとしていた動きが止まる。


 「うん、完璧!」と笑顔の春ちゃんに何故か「ありがとう」と返してしまった。


 「それじゃお願い、後バレないようにね」と言葉を残し、春ちゃんはトイレを出て行った。


 トイレの外から「お待たせ~」と春ちゃんの声が聞こえる。


 友達と何処かに遊びに行く約束でもしていたのだろうか?

 というかすでに友達がトイレの近くにいる事に驚いた。

 バレないようにと言ってたのにここを待ち合わせ場所にしないでほしい。


 (はぁ…握手会の仕事があるのに遊びが優先……)


 声には出せないので心の中で呟く。


 私に用事があって行けないって言った時はどうするんだろうと毎回思うけど、そんな事は今までなかったのでお願いされると『はい』としか言えない。


 まぁ、幼稚園からの幼馴染みの春ちゃんとの間には誰にも言えない秘密があるし恩もある。だからたとえ用事があったとしても春ちゃんからのお願いが優先で断れない。


 最近、いいように利用されてる気もするけど気のせいだよね?親友だよね?と思っていると春ちゃんと友達のやり取りが聞こえてくる。


 「春~なんで待ち合わせがトイレなの?」

 「ちょっと春菜にお願い事してたの」

 「あぁ……あのデブか……」

 「こら、そんな事言わないの、私の親友だよ?」

 「あっそうだった。ごめんね」

 

 段々と遠くなる春ちゃん達の話し声。


 春ちゃんの友達の『デブ』発言に少し傷付いたけど、春ちゃんの『親友』発言には嬉しくなった。


 さっき利用されてると思ってご免なさいと心の中で謝りながらスカートのポケットからスマホを取り出して時間を見る。デジタル文字は四時半を写す。

 ○○書房までは学校から電車を乗り継いで一時間はかかる。


 電車の時間と、○○書房までの移動時間を計算するとかなりギリギリの時間だ。


 「遅れちゃう!急がなきゃ!」


 緩くなったスカートのウエストを絞り、私はトイレから顔を出した。

 そして周りに人がいない事を確認して慌てて教室に向う。

 教室に着くと中をそっと除き、またまた誰もいない事を確認して自分の机に向い、机に掛けてある鞄からサングラスとマスクを取り出して装着すると髪を結わえてトップ持っていき団子にする。

 そして鞄を抱えて急いで教室を出る。


 誰かに見られたら大変だから春ちゃんのお願い事をしてる時はかなり慎重に動かないといけない。


 誰にも見られてないよねと思いながら私は急いで○○書房に向かった。



◇◇◇



 春ちゃんは幼稚園から高校三年になる今までずっと同じ学校の幼馴染み。


 おまけにどんな偶然か知らないけど川端春菜かわばたはるなと私と同姓同名で、芸名Haruで活躍する今をときめく人気のマルチタレント。


 ストレートの黒髪を靡かせ、パッチリとした二重に、しゅっとした鼻筋、十人中十人の男子が振り返る程の整った容姿の美人さんだ。


 ドラマや映画に出演、そして歌手活動、バラエティー番組でも軽快にコメントを返し、モデルとしても活躍している。


 当然そんな春ちゃんは学校でも人気者で、男子にもかなりモテる。


 告白して玉砕した男子は数知れず、今ではどんなにイケメンで人気のある男子でさえも手の届かない『高嶺の花』と言われている。


 対して私は、お洒落とはいえない眼鏡を掛けて前髪で目元を隠し、ブクブクと太った体で隅っこで本を読んでるような陰キャラ。

 春ちゃんを呼んできてと言われた人が私を呼んで「こいつじゃねぇ!」って笑いのネタにされたりする。


 「なんで川端さんと同じ名前なんだよ」なんて心ない事を言われたりもするけど、そんな時は決まって春ちゃんが文句を言って助けてくれる。


 いつも助けてくれる春ちゃんは、小さな頃からそうやってずっと私の事を庇ってくれている。

 だから春ちゃんのお願いは恩返しのつもりと秘密の為に断らないようにしている。

 

 春ちゃんには本当に頭が上がらないし、感謝している。


 目的の駅に着くと電車を降りて○○書房を目指す途中にある公園のトイレに入り洗い場の鏡の前に立つ。


 そしてサングラスとマスクを取って団子を解くと鏡に映る自分の顔を見つめて鞄から化粧ポーチを取り出して化粧を始める。


 マスカラ、アイラン、ほんのりピンクのチークを施していき、最後にオレンジ色のグロスを塗ってナチュラルメイクの完成。


 「うん、今日も完璧!」


 鏡に映った自分の姿に満足する。


 だって、どっからどう見ても今の私は芸能人Haruなのだから。


 これが私と春ちゃんの誰にも言えない二人のもう一つの秘密。


 今をときめく芸能人Haruは、私と春ちゃんの二人で演じているのだ。


 ちなみに、春ちゃんのメイクは私がたまに担当してたりするけど、この情報はどうでもいいか笑


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