第3話

 ついに会談当日を迎えた。


 私はもう一生着ることがないであろう、フリルや装飾品がふんだんに使われたドレスを着ている。よろいとはまた違う重さだ。

 そしてこのドレスには細工がしてあり、袖に短剣が、腰のフリルの下に長剣が隠されているのだ。


 初めてのコルセットは、これでもかとぎゅうぎゅうに私を締めつけている。息をするのも苦しい。


 ヒールの靴だけはこの一カ月で練習して歩き回れるようになった。だが、靴擦れの傷が治っておらずじんじん痛む。


「おぉ……綺麗きれいですね」


 正装を着たマシューが私のもとにやってきた。


「ドレスに着られているように見えませんか」

「いいえ、クリスタルさんは元からお綺麗なのでとてもお似合いですよ」


 気を遣って言ってくれてるに違いない。

 というか婚約候補という設定なのに、お互いによそよそしくてやりづらい。でもこれは任務だから。今日だけ、今日だけ。


 このあとはゼノスタン王国との国境付近まで馬車で移動し、王子夫妻を迎え入れて昼食をとり、王城に戻って会談を行うことになっている。移動の多いハードな日程だが、王都がゼノスタン側の国境と近いことで成せることである。


「そろそろ国境に向かいますよ」


 マシューの執事が私たちを迎えに来た。いよいよだ……!


「クリスタルさん、手を」


 手を差し出すマシュー。

 て、手をどうしたら……?


 戸惑って同じように手を差し出してみると、マシューはこの手をとった。

 そっか、そういうことか! あぁ、私ってば本に書いてあったことなのにド忘れしてた……最初から何やってるんだ私……。


「緊張なさっていると思いますが、なるべく私がリードしますので」

「あ、はい、ありがとうございます」


 マシューは柔らかく微笑んでくれた。その微笑みに少し緊張が和らいだ気がした。

 うかつにも、微笑んだマシューにときめいてしまったのは言わないでおく。






 私たちの馬車には騎士団から数名が同行する。先頭で道案内をするのは、迎撃隊の隊長でもあるリッカルドだ。


 王城を出発するときは、たくさんの貴族と騎士が見送ってくれた。

 もちろんその中には王都に残るディスモンドやオズワルドの姿があった。どことなく羨ましそうにこちらを見ている気がしたが……何が羨ましいのかさっぱりである。


 貴族たちは私など一切見ず、マシューだけを見て拍手をしていた。


 馬車の中では、マシューが私のことについて色々質問してくれたおかげで時間をつぶすことができた。


「クリスタルさんは本当にお強いですね。心も体も。私は幼いころから体はあまり強くない方ですので」

「そうなんですか! ですが、王太子としての激務をこなされておられますよね」

「これでも父上の時代より業務を減らしてもらっています。ですので、クリスタルさんを尊敬しています」

「いえいえ、とんでもございません」

「謙遜しないでください。この一カ月間、クリスタルさんがしてきたような生活を私がしたらきっと倒れてしまうでしょう。父上のような強い子を私の世継ぎにできるなら、王家は安泰だろうに……」


 このあと王子夫妻と会うこともあって、弱音を吐いたのであろう。王太子としての重圧は測り知れないほど大きなものだということが分かった。






 二時間かけて国境付近に到着した。予定通りの、王子夫妻が来る三十分前である。

ここはウォーフレムとゼノスタンの人や物資が行き交う場所なので、辺境のわりに栄えているところだ。


 国境警備隊によると、王太子夫妻も時間通りに到着する予定らしい。何も問題なさそうでよかった。


 馬車の外が騒がしくなってきたので、少しカーテンを開けて伺ってみる。


「…………あ」


 ここら辺に住む人たちが、マシューや王子夫妻を一目見ようと集まってきていたのだ。ちらほらではなく、人垣ができている。

 その人垣がこれ以上私たちに近づかないよう、国境警備隊が盾を使って押さえている状態だ。


「殿下、外に大勢の民が見物しに来ていますよ」

「これは……想定より多いですね」


 これからする会議の内容はまさにこの場所のことなので、関心を持っている人が多いのだろう。

 だが、夫妻の到着を待っている間に雨が降り始めてしまった。それでも人垣は崩れない。


「ご夫妻がまもなく到着いたします。ご準備をお願いいたします」


 付き添いの騎士が告げる。あぁ、こんなときに雨降らなくてもいいのに……。

 

 傘を付き添いの騎士にさしてもらいながら、まずは王太子が馬車を降り、次に私が王太子に手を借りながら馬車を降りた。


「きゃーーーーっ、王太子殿下よ!」

「隣にいる女の人は誰?」

「もしかしてガールフレンド?」


 私の地獄耳が野次馬からの声を一つ一つとらえる。ひとまず私が婚約候補と見られているようで安心した。


 ガラガラガラガラ……


 馬車の車輪の音が聞こえてきた。

 しとしとと降る雨の中、王子夫妻を乗せた馬車が到着した。


「お久しぶりでございます」


 マシューは帽子をとり、馬車から降りた二人にあいさつする。私も続けて自己紹介した。


「お初にお目にかかります。マシュー殿下の婚約候補のクリスタル・フォーゲルと申します」


 名字も念の為偽っておく。本名のフォスター・アーチャーではすぐに『名字がある平民』だとバレてしまうからだ。騎士団長の名字なら問題ないだろう。


「ようやくマシュー様にもお相手ができたようで。よかったですね」


 うわぁ……何その嫌ぁな言い方。

 顔に出ないようにしつつ、心の中でドン引きする私。マシューと顔を合わせて愛想笑いをした。

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