第73話 想定外の分断

73話 想定外の分断



 俺たちの入る混浴温泉で男女が別々なのは、更衣室とトイレだけである。


 店員さんを通し入場した後は、それぞれ別の更衣室に入って。水着に着替えたのち、その先にある温泉へと進む。


「……へぇ。神沢君の水着、そんな柄なんだ。なんか意外」


「俺が選んだんじゃない。これは由那が……」


「江口さんが? それってつまり、二人でお互いの水着を────」


「やめろ。恥ずかしいからそれ以上言うな」


 あの日。由那と水着を選びにモールデートに行ったあの日だ。


 俺は由那の水着を一緒に選び、俺たち二人きりの時用の物と、今日みたいな誰かに見せる時用の計二つの水着を買った。


 そしてその後、俺も水着を持っていなかったのでついでに買う流れとなったのだが。


 男物の水着なんてどれもさして変わらないだろうと思って由那に全部任せた結果、俺は今ハイビスカスの印刷されたハワイ柄の水着を着ることとなっている。


 なんだろう。別に特別変って訳ではないんだが。むず痒いというかなんというか。少し派手な柄なのもあって、どこか恥ずかしい。それを渡辺にいじられたら尚更、だ。


「有美は在原さんと買いに行くからって言って、まだ俺に水着見せてくれてないんだよねぇ。……あ、言っとくけど神沢君。有美の水着姿に見惚れるのはいいけど惚れるのは駄目だからね」


「ウザい……」


 俺の無駄に目立つ水着と違い、青色の少しだけ柄があるスタンダードな水着を着用しながら。むふんっ、とどこか自慢げにそう言う渡辺の言葉にため息を吐いて。ロッカーの鍵を手に巻き更衣室を出た。


 一面に広がるのは、まさに桃源郷とも呼べる大きな温泉の数々。ところどころお湯の色が違ったり、温泉特有の匂いが漂っていたり。


 そして何より────


「あーっ! ゆーし、渡辺君! こっちこっちー!」


「もう、遅いわよ寛司」


「くっふっふ。どうだ? 眼福だろ〜」


 目の前に現れた、三人の美少女達。その存在が、なおこの空間の幸福度を上げていた。


「えへへ、どうかな……ちゃんと似合ってる?」


「お、おぉ。似合ってる」


「何か言いなさいよ」


「どう、しよう。俺の彼女可愛すぎる。抱きしめたい……」


「あっはは。二人とも私には何もなしか〜? 殴るぞ〜〜??」


 由那が纏っているのは、あの黒ビキニではなく。黄色の″人前で使う用″ビキニだ。


 キュッと引き締まっているくびれに、その上で激しく誇張された胸元。少しだけサイズが小さかったのか、お尻に手を当てて食い込みを直している動作が妙に色っぽい。


 中田さんは白のフリルビキニを着ていた。由那や在原さんと比べて胸元に迫力はないものの。もじもじと恥じらいを見せながら顔を赤くし、チラリと覗かせる縦割れのおへそには思わずドキッとしてしまう。


 普段は垂らしている黒髪も今はポニーテールにまとめられており、普段とのギャップがあるのも渡辺にはぶっ刺さったようだ。どう言葉をかけるか、どう触れるか。そんな葛藤が見え隠れしながら、目に気迫がこもり中々に怖い顔をしてしまっている。


 そして、男子二人が自分にだけ反応を示さないので指をポキポキと鳴らしながら不満を露わにしている在原さんは何を着ていたのかというと。黒の、胸元の紐が鎖骨の前でクロスしているこの場の三人の中では一番大人な魅力を醸し出す水着。


 俺と渡辺には意中の相手がいるから今この場での反応はあまり無いが。おそらくクラスの連中が見たら大興奮ものだろう。というか俺も、思うところが全く無いと言えば嘘になる。由那に負けず劣らずなバストに、素材のいい顔。腰つきも女の子で、雑誌のモデルにでもなってしまいそうなほどに体付きが整っている。


「ったく。じゃあ一旦ここで解散な。私は私で用事あるし」


「えっ? 薫ちゃんどこ行っちゃうの……?」


「そんな寂しそうな顔すんなよぉ。ふっふっふ。お前らはイチャイチャしたい相手がいるだろうが、私にはいないからな。だから悪いが、一人だけエステを予約させてもらった!! 私が肌トゥルットゥルになってる間、好きなだけラブラブちゅっちゅしてやがれ! あばよっ!!」


「ちょ、薫!?」


 在原さんなりに、気を遣って……なのだろうか。


 いや、違うな。あの顔は明らかにいち早くお楽しみにありつきたい顔だ。どうやら本当に一人、エステに突っ走って行ってしまったようだ。


「じゃあ、僕らも行こうか有美。最初はジェットバスなんかどう?」


「ぴっ!? やめ、目がエロいぞお前!! 肩に手回すなぁっ!!」


 そして、後を追うように。渡辺が中田さんを誘うと、すぐに連れてどこかへ行ってしまう。


 さっきまで五人でいたのに。気づけばあっという間に俺と由那だけが取り残され、ポツンと立ち尽くしていた。


「えー……っと?」


「みんな、行っちゃった……」


 おい、ちょっと待て。


 俺はてっきり、五人で一緒に温泉を巡るものだとばかり。由那もそのつもりだったようで、きょとんと目を丸くしている。


 だって、こんなの……


「ね、ねぇ。ゆーし……私たちも、行く?」


「っ……そうするしか、ないよな」


 水着姿の由那と、二人きり。



 どうしよう。理性を保てる気がしない……。

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