第72話 君と偽りの家族に

72話 君と偽りの家族に



「申し訳ございません。こちらの混浴施設はご家族の方か恋人同士の方のみの来場となっておりまして……」


「へ?」


 通常の温泉入口を通り過ぎ、その奥にて。俺達は一人の従業員さんに呼び止められていた。


 全員、きょとんとした様子で話を聞いていると、どうやらこの混浴施設はトラブルなどの防止のため、誰でも入れると言うわけではなく、家族か恋人同士でしか入場できないという決まりがあるらしい。


(おいおい、どうするんだよ……)


 渡辺と中田さんは本当に付き合っているからいい。俺も、由那とふりをしてしまえばなんもかなるだろう。


 だが問題は在原さんだ。どう頑張っても男女ペアは二つしか作れず、三人いる女子のうち一人が溢れてしまう。


 せっかくここまで五人仲良く来たのだ。誰か一人だけ入れないなんてそんなの、俺は────


「あはは〜、大丈夫ですよ。私達、ちゃんと家族と恋人関係の奴しかいませんから」


「そう、なのですか?」


「あー、はい。俺とこの子は恋人同士です」


「わ、私達も!!」


 むぎゅっ。空気を読んだ渡辺に釣られ、意図を察した由那はすかさず俺の身体を引き寄せて密着する。


 そう、ここまではいいのだ。正直堂々と恋人関係なのだと言われると死ぬほど恥ずかしいけれど。なりふり構っていられないだろう。


 問題は、ここからだ。俺たちに事前打ち合わせがされていない時点で、恐らく在原さんも入場ルールのことは知らなかったはずだ。


 一体どうやって切り抜けるつもりだ……?


「畏まりました。では失礼ですが、そちらのお客さまはどういったご関係でしょうか?」


「はい。私はですね────」


 そこで在原さんは驚きの行動に出る。


 なんと渡辺の隣にいた中田さんの腕をいきなり手繰り寄せ、抱いてから。


「この子の姉です」


「……はぁっ!?」


 そう、告げたのだ。


 当然嘘である。二人は苗字も違うし、どう考えても似ていない。ただの友達同士だ。


 店員さんも違和感には気づいているらしく、少し悩むようにしてから。一番簡単な解決方法へと進む。


「では、身分証のご提示をお願いできますか? お名前の確認をしたいので」


「はい。いいですよ〜」


「え、えっ? 私も……?」


「ほら、早く出して有美。別に後ろめたいことなんて一つもないんだからさ」


「……うん」


 何が何やら分からないと言った様子の中田さんと、何故か余裕綽々の在原さんはそれぞれ学生証を提出する。


 表、裏。それぞれの情報を照らし合わせ確認作業をする店員さんは、困惑した様子だった。


「あの、大変失礼ですが。お二人とも苗字、住所共に全て違うようにお伺いします。これはどういうことでしょうか?」


 ああ、駄目だ。やっぱり欺けるわけがない。


 そもそも在原さんがあそこまで余裕をひけらかせているその意味が俺には分からない。一体何の自信があって、堂々と学生証を提出したのか。


 まさかここから、店員さんを納得させる話でも持っているのか?


「ああ、それはそうですよ。だって私……有美と血は繋がってませんから」


「ん゛んっ!?」


 動揺のあまり変な声が出た俺は咄嗟にそれを咳き込みで隠しながら、在原さんの謎に頼もしい背中を見つめる。


 そんなめちゃくちゃな。いくらなんでも突発的がすぎるだろその設定は。


「三年前私の母が他界して、父が再婚した相手が有美の母親だったんです。周りに色々詮索されるのが嫌で、私は在原という苗字を名乗り続けています。住所も、ほら。二人で同じ住所なんてやっぱり、誤解を招きかねませんから。私の方は旧住所のまま戸籍登録して学生証に印字してもらったんです」


「……え? えっと……え?」


 突然訳の分からない情報量を流し込まれ、店員さんはあたふたと目を泳がせ始める。


 術中だ。恐らく即興なのであろう文言で、在原さんは店員さんを術中に捉えつつある。


「ごめんなさい。店員さんからすれば私と有美は他人ですよね……。でも、私にとって有美は、たった一人のかけがえのない────!」


 そして、その瞬間。少しずつ声のトーンを上げて迫真の様子を作り上げた在原さんは、とどめの一撃。


 義妹への愛を叫ぶと共に、一滴の涙を……


「申し訳ございませんでした!! まさかお客さまにそのような事情があるなどと知りもせずに、大変ご無礼なことを!! どうぞお入りください、在原様と中田様は誰が何と言おうと家族です!!!」


「うっ、うぅ。ありがとうございます……」


((((えぇ……))))


 なんというパワープレイ。完全に店員さんを掌握した在原さんは、涙ながらに学生証を返却されて。案内によって、更衣室は続く廊下へと立った。


 しーんとした空気が、五人の中に流れる。そして一瞬後ろを振り向き、案内をしてくれたさっきの店員さんからある程度離れたのを確認して。在原さんは、呟いた。


「っぶねぇ……乗り切ったぁ」


「ね、ねえアンタ、さっきの全部即興の作り話?」


「おうよ。考えながら喋ってたからドッと疲れたぜ……」


「無駄な才能見せてんじゃないわよ。……ったく」


「へへっ。なあ有美よ。それよりも私のこと、一回お姉ちゃんって────」


「よ、呼ぶわけないでしょ!!!」


 何はともあれ、そうして。



 俺達はようやく、入場を果たしたのだった。

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