【13:少女の奇妙な冒険】


「くあ」


 欠伸をしてベッドを抜け出る。今日も朝から良い調子。で、何がどうのでもなく。


「おはよう先生」


「おはようであります」


 厳島と栗山がダイニングでコーヒーを飲んでいた。


「あー……」


 相も変わらず慣れんなコレは。


 厳島は今スポンサーを集める作業に入っている。もちろん女子高生も並行で。その厳島が提案して、栗山は高級マンションの最上階……つまりここに居る。


「収録現場にも近いし、これから忙しくなるんだからちょうどいい」とは厳島の言。


 実際に家から通うより駅近くの厳島のマンションの方が利便性はいいのだ。ついでに屋上を全部独占しているので客間くらいは普通に余っている。多分栗山の仕事より厳島の住居の方が金がかかっている。


「飯……」


「じゃあ食べよう。今日も私の手作り。名古屋コーチンの卵!」


「で、栗山は順調か?」


「えーと。あれからなんか火が点いたみたいで。であります」


 聖痕のガングリオンの影響もあって栗山……つまり声優の臼石泡瀬は絶好調らしい。そのネームバリューを用いてソシャゲの企画を立ち上げている厳島もアレだが、こっちは赤字経営になっても問題がないのでツッコまない。


「可愛いよねー。臼石泡瀬ちゃん。女の子でも変な気分になるよ」


「えーと。先生?」


「気にするな。気に入ったら人生かけて暴走するのが厳島だ」


 俺の時もそうだった。


「じゃあエッチしてもいいでありますか?」


「私と?」


「先生と」


「寝取られ!」


 そういう知識だけは無駄にあるんだからこいつは。


「でも先生の身体はあげられないし……。金銭的に都合がつくものじゃないから」


 金になったら売るのかテメーは。


「じゃあせめて先生とエッチした私とエッチするってことでどう? それなら間接エッチだよ?」


「何その禁断の扉?」


「臼石泡瀬ちゃんは本気で可愛い。声も可愛いし顔も可愛いしスタイルもいい」


「おっぱいは無いけどね」


 自分の胸をフニフニと揉む栗山だった。


「だから大丈夫! 絶対にスターダムに押し上げてみせる。ダメだったら臼石泡瀬ちゃんをこっちで買い取るから!」


「買い取るって……」


「十億もあれば事務所も手放すでしょ? そうしたら後はこっちの会社のタレントとして一生活動してもらうから」


「本気?」


「私嘘言ったことないよ?」


 はい。まず一つ。


「で、女子高生は並行できるのか?」


「厳島さんのおかげで声優業がかなり忙しくなりそうであります」


「勉強はどうする?」


「が、頑張るとしか……」


「よし。俺と厳島がそっちをフォローしよう」


「結婚してくれるんでありますか?」


 なんでそうなる。


「じゃあ後はラジオの収録と冬アニメの出演と来年のオーディションと」


「そこは普通マネージャーの仕事じゃないか?」


「もちろん頑張ってもらうよ! 臼石泡瀬ちゃんを声優として成功させるためには白赤歌合戦への出演も視野に入るから!」


 やだ。金持ち怖い。


「あと臼石泡瀬グッズがあるなら先に言ってね? 真っ先に店舗コンプリートするから」


「そこまで私の譲歩しておいて先生に関しては一ミリも譲歩しないのが徹底してるであります。厳島さんって」


「まぁ俺のこと大好きだからなぁ」


「おっぱい揉む?」


 遠慮しておく。


「学校では秘密にしてるの?」


「やっぱり声優って微妙な職業だし」


「可愛いよ。栗山さんの声」


「昔は変な声って虐められたのであります」


「厳島だって銀髪をからかわれてただろ?」


「あー。この髪」


 サラサラと零れる銀色の髪を厳島は手で梳いた。


「綺麗な髪だよねー」


「栗山さんの栗色の髪も綺麗だよ?」


「でもインパクトが違う」


「えへへ。先生にも可愛いって言ってもらったし」


 実際に可愛いしな。


「じゃあ拙は声優の頂点に立って先生を惚れさせるであります!」


「うん。頑張れ」


 まるで仮免ライダーバキの俳優がやるコマーシャルのような激励だった。


「あとはい。今日のタクシー代。今回のスタジオは駅よりタクシーの方が早いよ」


 ドサッと五十万円積まれた。五ミリの厚さの札束だ。青ざめる栗山。


「こんなにもらえないであります!」


「いいじゃん。ドルオタなんて年に百万以上推しに突っ込んでいるんだから。私も臼石泡瀬ちゃんを応援したいの。余ったお金はお小遣い」


「五十万をお小遣いって……」


 常軌を逸しているが、これが厳島護道院美鈴だ。


「あと成績に関してはこっちで面倒見るから! もちろん家庭教師もするけど大学には行ってもらうし留年は無しの方向で。偏差値六十以上なら私立でもこっちが支援するからそこは安心して」


 完全にマジの目で厳島は語る。


「先生~。怖いよこの子~」


「うん。俺も怖い」


 実際に俺を手元に置くときもこのテンションだった。こっちのバイト先にお金を突っ込んで強制的にクビにするくらいだ。もちろん俺が稼ぐ店の利益計上は支払っていると聞いている。


 どうやればそんな発想が思いつくんだって感じだが、それすらも厳島にははした金ということも明確な事実で。


「じゃあ拙は先生を好きになってもいい?」


「私も先生好きだから大丈夫!」


 それでも決して恋の駆け引きで妥協しようとしないのは乙女の乙女たるゆえんだろう。


 一応自分以外の人間と俺がイチャイチャするのは見過ごせないと見える。意外とやきもち妬き。ついでに純情でエッチに興味津々。


「栗山も趣味が悪いな」


「言っておきますけど、先生かなりのイケメンでありますよ? 自覚ないので?」


「昔そう言われたことはあったなぁ」


 あの時は太鼓持ちと軽く流したが。

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