夜の森のエリス

長部円

前編

アヴァロニア大陸でアイントラハト帝国とともに2大国家と並び称されるアンディーン王国。

その王都セントアンソニアにある"ハイム"の入所試験を受けるため、ライコピアから5人の女の子が上京してきていた。

"ハイム"の正式名称は"王立ヘミスフィア魔法研究所インスティテュート・オブ・マジック"で、当初はその名の通り魔法の研究のみを行う組織だったが、現在では王国最高峰の教育機関も併設されている。

教育課程を修了した者の大半は研究者としてハイムに残るが、別の仕事に就く場合もハイムの教育課程を修了していれば一目置かれるほど、ハイムの権威は高まっていた。


ライコピアの大人たちからは、かつて王国の宮廷魔術師だったミネルヴァに教わった5人のうち、ミネルヴァの孫娘であるエリスを一番合格の可能性が高いと評していた。

その評価にエリスが驕ったり、他の4人がエリスを妬んだりすることはなく、5人は助け合って王都までたどり着き、入学試験の日を迎えた。


1次試験である"筆記試験"では、さすがにライコピアでやってきた模擬試験と同じものが出題されることはなかったが、模擬試験の応用で解ける問題は数問あり、ミネルヴァの教え子たちはそれらの問題を難なくクリアしたかに見えた。

試験終了後の"自己採点"では、

「エリ…もしかしたら、満点かもしれない…」

「メイも結構点取れてるから、1次試験通過は間違いないね…」

などといった会話が交わされていた。


だが、翌日発表された、実技による2次試験へ進める者の中にエリスの名はなかった。

メイたち4人の名前はあり、無事1次試験を通過したが、エリスだけが1次試験不合格。

「ふぇぇ…」

エリスは他の1次試験不合格者たちと同様に、"自分の名前がない"1次試験合格者一覧が貼られた掲示板の前で泣き崩れた。

1次試験合格者は2次試験当日までの練習場所を兼ねて、ハイムの関連施設を宿として利用できるが、その恩恵を受けられないエリスは、その日のうちに4人と別れてライコピアへの帰途についた。


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数か月後、ハイムで職員の1人が"前回"の入所試験の回答用紙を整理していると、とんでもないものを見つけてしまった。

ハイムの1次試験は短時間に大量の回答用紙を機械的に採点しているが、数人分の回答用紙で、途中から回答欄を1つ飛ばして正誤判定されており、1つ飛んだ箇所以降はすべて×になっていて、最後は欄外に1つ×がつけられていた。

点数が合否判定の境目付近だったものは再度チェックされて正しい結果に直されたようだったが、今見つかったものは境目よりかなり低い点数だったため、チェックされることもなく放置されていた。


職員が直ちに上司へ報告し、改めて人の手で正誤判定をやり直すと、ある1人の回答用紙に記された正しい結果は満点。

「なんと…この子はハイムの長い歴史で5人目の1次試験満点獲得者だったかもしれないのに…」

「こんな採点ミス、今までなかったのに…」

「今からでも遅くない…ライコピア出身のエリスを見つけて、特例で2次試験を受けてもらわないと…。

 逃してしまったら王国にとって大いなる損失となるだろう…」


ハイムは総力を挙げてエリスの行方を捜索したが、出身地のライコピアを含めて王国のどこを捜してもエリスは見つからず、次回の入所試験に再び出願してくれることも期待したが、それも叶わなかった。

ハイムに入所できたメイたちも、職員からエリスの行方を聞かれた際に採点ミスの件を聞いたが、彼女たちもずっと王都にいてエリスとミネルヴァの行方は知らず、何もできることがなかった。

少し後になってメイたちの耳にも入ってきたエリスについての情報は、エリスがライコピアに帰ってきてから3か月後、エリスとミネルヴァは冤罪のようなものによって事実上ライコピアから"追放"されたとのことで、追放された2人がどこに行ったかは誰も知らないという。


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数年後、教育課程を修了して正式なハイムの研究員となったメイたちは、とある研究のためにアイントラハト帝国東部の"ナハトヴァルト"を訪れていた。

ナハトヴァルトは魔物が多く生息することから"魔の森"とも呼ばれているが、帝国では森の中で何があっても国として責任を負わないという条件で、特に立ち入り制限をしてこなかった。

森に入って100歩も進まないうちに、メイたちは魔物と遭遇。

いくつもの植物が合成されたような魔物に、アイラが火球魔法ファイアボールを放とうとするも、魔物のほうへ飛ばす前にかき消された。


「森の中は火気厳禁よ…」

その声に、メイたちは聞き覚えがあった。

「エリ…どこにいるの?」

メイが声を上げると、

「居場所を知ってどうするの?」

エリスの声が質問を質問で返す。

「エリに…会いたい…ずっと…捜してたから…」

「あなたたちが森に入った目的はそれ?」

「違うけど…今はそれよりエリの顔が見たい…」

「魔物を一切傷つけないと約束できる?」

「エリのためなら…約束する…」

メイ以外の3人も同意の意味で頷いた。

「幼馴染の縁で、その言葉…信じるわ…。

 そこから少し奥に行ったところにある大樹の幹に穴があって、その中に転移魔法陣を用意しておいたから…。

 大樹の前まではそこにいる子に案内させるわ」

「ありがとう、エリ…大好き…」


魔物に先導されて大樹にたどり着き、穴の中にある魔法陣に足を踏み入れると、メイたちは"小屋"の中に転移していた。

「エリ…久しぶり…ふぇぇぇ…」

久しぶりに再会したエリスの見た目は、魔女のとんがり帽子をかぶり黒い服を着ていること以外は昔と何も変わらず、その姿を見たメイは感情を抑えきれずに涙を流す。

エリスはそんなメイにゆっくり近づくと、優しく抱きしめた。


大好きなエリスに抱きしめられてメイが泣き止むと、エリスはメイたち4人に"椅子"を用意。

4人は"椅子"に罠が仕掛けられているかも、といった疑いを持たずに腰掛けた。

「私が何もないところに生成したその"椅子"に何かあると疑わなかったの?」

「エリが、この状況でそんなことすると思わなかったから…」

「そこまで私のことを信じてくれるの…メイは相変わらずやさしい子ね…。

 メイが思った通り、あなたたちに危害を加えるつもりはないわ…今のところは」

エリスは一切表情を変えずに言葉をつむいだ。

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