第10話 おめでとう、強くなりました

 一気に血をごくごくと飲み干していく。

 口の中に広がるむわっとした鉄の味にえずきそうになり、焼け付く熱さに痛みすら覚える。けれど、止めたら二度と飲む気になれない気がしたから、わたしは無理矢理喉に流し込んだ。


「ご……ごちそうさまです……ウプッ」


 やばい、最後ちょっとえずいちゃった。でもファブニールさんは気にしていないみたいで、満足そうにうなずいただけ。


 あ、あんまり実感がないけれど、これでわたし……強くなったんだよね……!?


『これで礼は果たしたぞ。……さあ、わたくしの子よ。顔をよく見せておくれ』


 巨大な頭が、屋根を取り払われた洞窟の中にゆっくりと降りてくる。それを見たカラちゃんが、嬉しそうに「ピュイ!」と鳴いた。……よかった、ちゃんとファブニールさんをお母さんだって認識しているみたい!


 すりすりと、ファブニールさんの大きなくちばしとカラちゃんのくちばしが嬉しそうにこすり合わせられる。


『かわいいおまえにも名前をつけてやろうね。なにがよいかな』

『ママ、わたちね、カラちゃんってなまえなの!』

『む、そうなのか?』


 聞こえて来た舌ったらずな言葉に、わたしはあやうくむせるところだった。……というかちょっとむせた。


 カ……カラちゃ~~~ん! それをバラされると、先生はまずいんですよぉ!


 ゴホッゴホッとせき込みながら、わたしはおそるおそるファブニールさんを見た。どうやら、血を呑んだおかげでカラちゃんの言葉がわかるようになったのだけれど、この会話は知らない方が幸せだったかもしれない。


 どうしよう。勝手に名前をつけたな!? ってファブニールさんに焼かれるかも……。


 けれどわたしの予想に反して、ファブニールさんの顔は穏やかだった。


『ほう? やたら強いオーラを放っていると思ったら、聖女に名前をもらったのか。結構、結構』


 ……よ、よかった! なんだかよくわからないけれど、怒っていないみたい!


 ほっと胸をなでおろしてから、わたしはおそるおそる切り出した。


「あ、あのう……わたしはお邪魔虫なのでそろそろ……」


 カラちゃんとは離れたくなかったけれど、本当のお母さんがいるなら話は別だ。これ以上やらかして竜の逆鱗に触れる前に、身を引いた方がいいと思ったの。


 でもそんなわたしの言葉に、カラちゃんがばっとこちらを振り向いた。それから大きな目に涙をためて、ピギェェェエエエエ!!! と泣き出す。蜘蛛をかなしばりにさせた、例のすさまじいギャン泣きだ。


『ヤダ~~~~~~!!! メグてんてー、いっちゃヤダ~~~!!!』


 うっ! 気のせいかさっきより声量増していない!?

 ビリビリと、空気どころか岩やら葉っぱやらを容赦なく震わせる泣き声に、わたしはとっさに耳を押さえた。ファブニールさんも、カラちゃんから放たれる声の大きさにびっくりして、首を引っ込めている。


「よ……よ~~~しよしよし、大丈夫、先生はまだいるよ~!」


 わたしはあわててカラちゃんを抱っこしてゆらゆらトントンした。


 普段は、お母さんと離れたくない子どもをあやす方が圧倒的に多いから、逆は新鮮! ううっ、これ、すっごく後ろ髪を引かれるなあ……!


 だらだら冷や汗を流しながら抱っこしていると、ファブニールさんが大きなため息をついた。


『……子の泣き声とは、こんなにすごいのか』


 言葉から想像するに、ファブニールさんは初めての子育てなのかな?


 わかるなあ……。子どもって常に全力だし、想像以上に力強いから、慣れるまで大変なんだよね。ドラゴンの赤ちゃんだけあって、泣き声も尋常じゃなく大きいし……。


 そう思ってひとりでうなずいていると、ファブニールさんがフゥ……とため息をついた。それからどこか自信なさげな声で言う。


『……わたくしに、子など育てられるのだろうか? そもそも孵化もうまくできなかったのに……』


 えっ!? いまのでそんなに自信喪失します!? ドラゴン意外と繊細!

 わたしはあわてて励ました。


「だ、大丈夫ですよ! ちょっと時間はかかるかもしれませんけれど、慣れの問題です慣れ! わたしはもう泣き声を聞きすぎて、全部かわいい~としか思えないですし!」


 ファブニールさんの金の瞳が、本当に? と問いかけてくる。わたしは力強くうなずいた。


「お母さんだって、これから少しずつ慣れていきますよ。ファブニールさんはほら、こんなに強いドラゴンさんなんですからきっと大丈夫です。凛としておきれいですし、気高さだってピカイチですよ! 女王様みたい!」


 頑張るお母さんお父さんに寄り添うのも、わたしたち保育士の仕事。……といいつつ美しさと子育ては全然関係ないのだけれど。


 そんなわたしの言葉に、ファブニールさんは少し気を持ち直したらしい。


『ふ……それもそうだな。わたくしとしたことが、少し弱気になっていたようだ』

「仕方ないですよ。産後はブルーになりやすいっていいますから」


 産後ブルーがドラゴンに適用されるかどうかは別として、わたしはうんうんと相づちを打った。

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