第3話 ゼロからの出発
「ええと、私は何をすればいいんですか……というか、私にできることなんてないと思うのですが」
目の前に広がる異質な景観に、私は思わず目を背けた。
「あんたにしか頼めないのよ、現状はね」
終始、冷めた態度のアリシアは、私を引き連れバルコニーを後にする。
閉め切られた窓を見つめて、私は首を振った。頭が重い。
「あの、アリシア。私の他に、誰か頼れそうな人は」
「いないわ。あたしの力で、あんた一人をギリギリ目覚めさせたのよ。けれどせっかく苦労して目覚めさせたあんたは記憶がないときた。……あたしも、力が弱まっているの」
「……そうですか」
はっきりとした答えだ。私は息を吐き、アリシアと共に階段を降りていく。
「覚えていないかもしれないけれどね、あんたは悪魔の中でもそれなりに高い位についていたのよ。魔界を取り戻すのにふさわしいと思ったから、あたしはあんたを選んだ」
「でも、私は……」
「もう、うじうじしてないで覚悟を決めなさい、ノイハ。あんたがやらないと、ここはいずれ完全に朽ち果て、無に帰するのよ」
アシリアが冷たく言い放ち、背を向ける。私はなんて答えればいいか迷い、口を閉ざした。
「……ひとまず何かお腹に入れましょう。空腹で死なれたら困るわ」
言いながら、アリシアは一階の中心部、大広間へと消えていく。
私は深く息を吐いて、吸い込んだ。
遅れがちに、腹がぐうと鳴る。倒れそうなほどの空腹感が、今になってやってきた。
「……果物が食べたいかも」
呟いて、顔を上げる。
私には荷が重いけれど、こうなったらやるしかない。というかやらなきゃ魔界が滅亡してしまう。
とにかく何か食べてからだ。私は頷いて、壺悪魔を追いかけた。
パンと果実酒、干した芋。
果物は腐りやすいから乾燥させて保管しているとアリシアは説明した。私はカラカラに乾いた芋をむさぼり、パンを頬張り、水で一気に流し込む。
アリシアが呆れたような声で「そんなに空腹だったの」と呟くが、答えることなく飯を食らう。
すると案外あっさりと、腹は満たされた。
「ここのことを、もう少し詳しく話すわね」
大広間に隣接する客間らしき一室。アリシアは私の周りを漂いながら、思い出したように話しだす。
質素な服には不釣り合いなほどの豪奢な長椅子に腰かけ、私は背筋を伸ばしながら彼女を目で追う。
「あんたの他に、眠っている悪魔は何人もいる。けれど、今のあたしの力じゃとても目覚めさせられない。しかもこの土地の限界も迫っている」
「私はここを再建すればいいんですよね。……正直、とても不安だけどやるしかない」
「あたしのほうが不安よ。目覚めさせたのがあんたみたいなちんちくりんだから」
私は思わず苦笑した。
「ねえノイハ、一応聞いておくけど、あんた、魔術は使えるわよね」
「分からないですけど、多分」
「使えなかったら外で寝てもらうわ」
アリシアの言葉に、私は再び苦い笑みを浮かべた。
――魔術部屋と呼ばれるその一室は、私が最初に目覚めた場所だった。
本棚に四方を囲まれた部屋で、私は魔術書を読み漁る。
「魔術は呪文と魔力により展開される…………」
「言うは易し。やってみないことにはあんた力を測れない」
「それもそうか」
埃まみれの分厚い本を閉じ、私はチョークの跡が残る部屋の中央部に立つ。
呪文を詠唱し、体に蓄積されている魔力によって魔術を繰り出す……頭では理解できるものの、体が追いつかない。
魔術書に書かれていた呪詛の言葉を復唱する。目を瞑り、深く息を吐きながら集中する。
うっすらとした闇が眼前に広がっていく。何度も繰り返し呪文を唱えた。脳内に響いてくる、何者かの声。
「――私を呼んだのは、お前か?」
そう問いかける声に驚いて、私は目を見開いた。
目の前にはアリシアがいて、不思議そうな声をかけてくる。
「どうしたの? 魔術は?」
「……いい所で、途切れたみたいで」
なんだろう、冷や汗が止まらない。私は額を拭いながら、その場に座り込む。
そんな私を見下ろすように、アリシアがぼやいた。
「前途多難だわ……」
私も全く同じ意見だった。
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