第23話 匿情
「これから、どうするつもりだい?」
ルーヘンの尋ねにヴェンデルは思案の顔を見せる。多くの仲間は不要だったとばかりに囮として削ぎ落としたヴェンデルにとって自分は数少ない協力相手だという自負がルーヘンにはあった。
「そうだな、やはり居場所特定を逃れる為には移動だろうな」
ヴェンデルとルーヘンの遣り取りに耳を傾けながらテオフィルは隣で座り込んでいるユーディットの様子を窺う。テオフィルの視線に気付かず俯くほど、ユーディットは疲弊している。こちらを見ろとばかりにテオフィルはユーディットの身体を軽く肘で身体を突っつく。眠りに落ちていたのか、ハッとした様子で顔を上げたユーディットはテオフィルに目を遣る。容に滲むのは疲憊でユーディットが拘束されている期間を考えれば近いうちに限界が来るだろうと推測する。元気な自分がユーディットをフォローしてどうにか無事に返さなければならないとテオフィルは思案する。平素と違うそれだけで明瞭ではない思考回路に苦戦しながらテオフィルはあることに気付く。この拠点に出入りしているのはヴェンデルやルーヘンを含めて十人も満たない。その中の一人、白銀の髪を持つ男がテオフィルは気になっていた。密やかに、決して気付かれぬようにユーディットを見るその眼差しが際立った違和感となった。ユーディットが顔を上げる度に逸らされるその視線は何を意味しているのか推量の域を出ないが意識を注いでいる事実をテオフィルは把握する。ユーディットが身動ぎする度に切られる視線はユーディットに注がれているからこそ、傍目のテオフィルの目に留まった。知っているのだろうか、とテオフィルはユーディットを見遣れば再びうつらうつらとするものだから機を逸してしまう。
「ユーディット、大丈夫か?」
拠点から移動する為か、バタバタとし始めたヴェンデルとルーヘンの注意がこちらに向いていないことを確認してテオフィルはユーディットの声を掛ける。
「大丈夫よ。テオフィルこそ大丈夫?」
憊色濃いユーディットに言われれば頷かざるを得ない。尤も、床に座っている為に臀部が痛むだけで精神的にも肉体的にもテオフィルはユーディットほど磨り減らされてはいない。
「俺は平気。ユーディットこそ、怪我とかしてるし。きっと、フォルトゥナートが助けてくれるから」
勇気づける為のテオフィルの言葉にユーディットは瞠若し、表情を緩める。それは母親が子供を見る眼差しによく似ていた。
「なんだよ」
生暖かい眼差しに居心地が悪くなりテオフィルはそう告げるとユーディットは笑みを収束させた。
「フォルトゥナートを信じているのね」
「大袈裟な。ユーディットだって、そうだろ」
自分の持つそれが普通ではないと言われているようでテオフィルはユーディットに思わず同意を求めるが、ユーディットは深く頷くことはない。
「助ける実力があるのはフォルトゥナートだと思うわ」
同じではないか、とテオフィルは心の中で迎合を打つ。その気配を察したのかユーディットは苦笑した。
「テオフィルのように純粋に信じているわけじゃないもの。純度の違うそれを一緒にしたら悪いわ」
自分の持つ信頼が不出来で毀損されているような物言いをするユーディットにテオフィルは困惑してしまう。傍に居るからユーディットの考えることはなぞれるなどと豪語したものの、その実、分かりかねることがある。言葉の通じぬ他国の人間のように感じるのではなく、ほんの少しのズレだ。物の受け取り方が違うと言われればそれまでだがテオフィルはその差異を心淋しく思う。
「フォルトゥナートに遠慮することはないんだよ。ユーディットの騎士なんだからさ」
騎士という在り方がどれだけ聖女に拘束される存在なのかテオフィルは全てを理解しているわけではないが、大半を占めるのだろうと思う。少なくともテオフィルはそういう存在なのだと思っている。そこには確かな絆があって、時折テオフィルが感じる壁のようなものだって実際にあるのだ。
「わたしを一番にしてくれるわけじゃ無いわ」
不思議なことを言う、とテオフィルは目を瞬かせてユーディットを見遣るが発言を撤回するつもりはないのか笑みを深くする。
「フォルトゥナートはユーディットを大切にしてるよ」
胸の奥が何かを訴えるのを黙殺してテオフィルは言葉を紡いだ。ざわりと胸宇に過ぎる蜷局は錘のように心を沈み込ませる。
「知ってるわよ。ただ、一等じゃないってだけよ」
フォルトゥナートが一番大事にしているものを知っていると言いたげな様子のユーディットをテオフィルはほんの少し気にしてしまう。親しいと思っていた自分がフォルトゥナートの大事にしているものを理解出来ていないなんて情けなくてテオフィルは落ち込んでしまう。
「優先されたい、ってことか?」
「まさか」
ユーディットの言いたいことを纏めて尋ねれば鼻で笑われてしまいテオフィルは噛み合わない、と溜息を漏らす。そのくせ、本人だけは会話に満足しているのだから遊ばれている気分に陥ってしまう。視線を下げたテオフィルの目に飛び込んできたのはユーディットの細い足だ。誘拐される前にはなかった痣がそこにはあって、青黒くなっているそれが痛そうでテオフィルは思わず眉を顰めてしまう。
「見た目が派手なだけよ」
テオフィルを慰めるようにユーディットは軽やかに告げる。額面通り受け取ってはいけない、とテオフィルは自分に言い聞かせる。ユーディットが無理をするのはテオフィルとて理解していることだ。それよりも、自分の認識の甘さをテオフィルは思い知る。まさか聖女を手荒に扱うことはないだろうと考えていた。信仰していなくともその立場の重さを誰もが知っている。知っているからこそ手酷く扱われることをテオフィルは思いつかなかった。
「他は大丈夫か?」
「――ええ、大丈夫よ」
半拍ズレたユーディットの反応をテオフィルは気付くことはなかった。
笑みで巧みに覆い隠した本心は誰に暴かれることなくユーディットの心底に眠らされた。
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