第050話 真の力

「はぁああああああっ!!」


 ワシは身の丈よりも大きなハンマーをイカ男に振り下ろす。


『なに!?』


 イカ男は初めて焦ったような声色でワシの攻撃を躱した。


 ハンマーが地面に叩きつけられる。


 その衝撃で地面に放射状に亀裂が入り、10メートル以上陥没し、亀裂の隙間から雷が溢れ出した。


「これを躱すとはやはり侮れんのう」

「それはこちらの台詞です。まさか人間にこれほどの力があるとは思いませんでしたよ」


 まだ小手調べとは言え、真装を出したワシのスピードを躱すなど、このイカ男の力は尋常ではない。


 なんとしてもここで叩きつぶしておかねばならん。


「まだまだこれからよ」

「お手並み拝見といきましょう」


 お互いに距離を詰めて攻撃を繰り出した。


 イカ男の背中から触手が生えてきて右腕に絡みつき、より大きな拳となって、ワシのハンマーとぶつかる。


 まさかワシの雷のハンマーに素手で挑むとは……流石に舐めすぎじゃろう。


――ガィイイイイインッ!!


 お互いの攻撃がぶつかり合って、凄まじい轟音と衝撃波が周囲に広がっていく。


「痺れろ!!」

「ぐがぁああああああっ!?」


 ワシのハンマーは形を成しているが、その実態は雷そのもの。触れた者はそれだけで体の内側から雷によって焼かれる。


 さしものイカ男も体内から焼かれるダメージには耐えられず、悲鳴を上げて、その場に膝をついた。


 全身から白い煙を上げ、その見た目そのもののようにイカが焼けるような香ばしい臭いが漂ってくる。


「はぁあああああっ!!」


 ワシは追い立てるようにハンマーを横なぎに振った。


「ぐはぁああああっ!!」


 イカ男は水平に吹き飛んでいく。ワシは地面を蹴ってその後を追い、さらに上からハンマーを振り下ろして、地面に叩きつけた。


「ぐほぉおおおおおおおっ!?」


 イカ男は体がくの字に曲がり、全身に電撃を浴びて、口から血を吐いた。その血は青い色をしている。


 ワシは飛び退いて距離を取る。


 これで相当ダメージを与えたはずじゃ。


 しかし、なぜか嫌な胸騒ぎがする。なぜじゃ、なぜこんなにも焦燥感に駆られているのか……。


 そうか!! ワシがこれだけイカ男にダメージを与えているにもかかわらず、周りの異形のモンスター達が全く動こうとしていていない。


 もしや……。


「ふぅ……本当に驚きました。人間が私にダメージを与えることができるとは思いもしませんでしたよ」


 ワシの予想を裏付けるようにイカ男が何事もなかったかように立ち上がる。


 口から血を吐き出して、口元についた血を拭いながらワシに語り掛ける。そこには確かな余裕が感じられた。


 あれだけ叩き込んでもダメージがほとんどないじゃと!?


 信じられん……。


「それではここからは少しだけ本気を出してあげましょう。はぁああああっ!!」


 ワシが呆然としていると、眼前のイカ男からどす黒い魔力が噴出する。


 それは今まで感じた魔力の中で一番凶悪で強力なものだった。これほどの魔力はワシが神級モンスターを討伐した時でさえ感じたことはない。


 イカ男の体がまるで岩肌のように硬質なものへと変化していく。


「ふぅ……それでは、今度はこちらから行きますよ?」

「へぁ?」


 そして、全身の変化が終わった後、イカ男は既にワシの前に居た。


 全く見えなかった。


「ぐはぁああああっ!!」


 その上、気づかないうちに腹に拳がめり込んでいた。


 ワシの鎧はハンマーと同じようにその中身は雷。攻撃した相手もダメージを受ける。しかし、イカ男は全くダメージを受けているようには見えない。


 拳に当たった鎧の一部が砕けて、今度はワシが吹き飛んでいく。


「お返しですよ」


 イカ男の言葉聞こえたと思えば、上から思いきりかかと落としで地面に叩き落された。


「ぐほぉおおっ!!」


 目の前がチカチカしてつい意識を失いそうになる。


 しかし、ワシは歯を食いしばって意識を保ち、イカ男の足を掴んで地面に引き倒し、立ちあがって辛うじて握っていたハンマーを握り直して叩きつけた。


「遅いですよ」

「なっ!? がはぁあああっ!?」


 にもかかわらず、イカ男の声が後ろから聞こえて、ワシは殴り飛ばされていた。


 それからワシは何度も殴り、蹴られてボロボロになっていく。


「ぐっ、がっ……」

「これで終わりですか? せっかく見つけた玩具だったのに、つまらないですねぇ」


 ワシは髪の毛を掴まれて持ち上げられる。


 引っ張られている髪の毛が痛いのか、他の箇所が痛いのか区別もつかないし、もう全身に力が入らず、何も出来そうにない。


 真装を使っても手も足もでんとは思わなんだ……。


 生徒たちはどうにか無事に帰したかったのじゃが……難しいようじゃな。願わくば、レイがこやつらの餌食にならんことを祈るばかりじゃ……。


「あぁ、やっと見つけた。学園長、探しましたよ」

「ウォンッ」


 もうあきらめかけたその時、殺伐としたこの場に似合わぬ、間の抜けた声が聞こえてきた。


「逃げ……ろ……」

「え、なんですか?」


 願ったばかりだというのに自ら巻き込まれにくるとは……師匠に顔向けできんな……。


「お、お前は何者だ?」


 ワシが自分の無力さを嘆いていると、なぜか急に焦ったように尋ねるイカ男。


「何者って僕はただの寮母ですよ?」


 その質問に、突然現れたレイは首をコテンと傾げて答えた。

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