第043話 あわや

 体の芯から温まってきた。


「そろそろ上がろうかな」

「私はもう少し入ってるわ」

「分かりました」


 ゆっくり浸かってのんびりした僕は温泉から上がろうと立ち上がって縁の方に歩いていく。


「もう!! 隠しなさいよ!!」

「え?」

「こっちを振り向かないで!!」

「は、はい、すみません」


 突然怒鳴られて振り返ったら、また怒られて前を向く。


 隠すって何を隠せばいいんだろう。本当なら温泉にタオルを付けるのは駄目だなんだけど、ちらりと見えたルビィさんは巻いたままみたいだし。


 よく分からないけど、腰にタオルを巻いておけばいいのかな。


 とりあえず頭に載せていたタオルを腰に巻いて、入り口の方に歩き出した。


「やっぱり、門限を破って入る温泉は止められないよねぇ!!」

「分かる分かる。そこからしか得られない良さがある。寒いから早く行きましょうよ」

「ちょっと皆早いわ。少し待っててよ」

「もう仕方ないわね。早くしてよ、寒いんだから」


 しかし、あと少しで温泉から出るというところで声が聞こえてきた。


 げげげっ。


 こんな時間にルビィさんの他にも人がやってくるなんて……。


 当然だけど、女の人達の声だ。ここは男が入っちゃダメなのに、こんなところにいたらルビィさん時の二の舞になってしまう。


『きゃー、なんで男がいるのよ、この変態!!』

『変態許すまじ!!』

『処刑だぁ!!』

『捕まえろー!!』


 女の子たちの反応が目に浮かぶようだ。ルビィさん達と同じように、皆こぞって僕のことを追いかけてくるに違いない。


 けど、どうしたら……流石に裸で外に出るのは恥ずかしいし、誰かが見ている前で気配を消してもしょうがないしなぁ……。


「ちょっと、あんた、こっちにきなさい」

「え?」


 悩んでいると、後ろにいるルビィさんが僕を呼んだ。


 どうしたんだろう?


「いいから早く。見つかりたいの?」

「わ、分かりました」


 よく分からないけど、ルビィさんに考えがあるらしい。


 僕は温泉の奥の方に引き返してルビィさんの方に近寄っていく。


 煙で隠れていたルビィさんの体が見える。


 タオルが張り付いてなんだかとってもドキドキする。僕はどうしちゃったんだろう。こんな気持ち婆ちゃんは何も教えてくれなかったけど。


 ルビィさんが僕を連れてきたのは大きな岩がある場所。


「この裏に隠れなさい」


 確かにここなら隠れられそうだ。


「分かりました」

「声を出さずにじっとしていること。いいわね」


 湯船に浸かる僕に、言い聞かせるようにかがむルビィさん。


 おっぱいが今にもタオルから零れ落ちそうだ。思わず谷間に顔が吸い込まれそうになったけど、触れてはいけないと教えられているので、グッと堪えて膝を抱えて気配を消した。


 ルビィさんは僕を背中に隠すように岩の傍に陣取って、湯船に腰を下ろす。


「あぁ~、やっぱりここの温泉って最高よね」

「そうね、ヒノワ国風の温泉とはまた違った趣があるわ」

「自然の中にできた温泉に手を入れて浸かれるようにしたものらしいよ」


 脱衣所から出てきた女の子たちの声が聞こえてきた。

 

 三人の女の子の気配がする。


 女の子達が湯船に入る音が聞こえて、こちらに近づいてくる。


「あれ? 誰かいる」

「あ、ルビィさんじゃない」

「ルビィも規則やぶり?」

「えぇまぁ。さっきまでお風呂に入れなかったので、どうしても入りたかったんです」


 女の子達がルビィさんを見つけて話しかけてきた。


 そのすぐ後ろにいるので気が気じゃない。


 僕はさらに息を潜める。


「だよね~。でも、なんでこんなに隅っこに?」

「ちょっと背中を預ける岩がほしかったので」

「確かにこの岩大きくてすべすべしてそうだから丁度良さそう。その方がのんびりできるよね。私もここ使ってもいいかな?」

「そ、それは勿論です」


 女の子達もルビィさんのすぐそばに腰を下ろしたみたいだ。


 ルビィさんから焦ったような返事が聞こえる。


 まさか一緒に入ることになるとは思っていなかったらしい。


 ルビィさんは、背中で僕をもっと後ろに押し込もうとしてくる。ルビィさんの柔らかいからだが僕に当たって鼓動が跳ね上がった。


 本当になんなんだろう、この体の奥から湧き上がってくるような、この気持ちは。


「ルビィさんは本当に綺麗ね」

「い、いえ、そんなことは……」


 ルビィさんが他の女の子に褒められて照れている。


「いいえ、この髪の毛の艶も以前より磨きがかかっているわ。肌もプルンプンだし、胸のおっきくなってる。絶対何か秘訣があるんでしょ?」

「き、基本的なケア以外何もしてませんよ」

「ホントかなぁ」


 ルビィさんが畏まっているのを見ると、先輩や年上の人たちなのかな。


「あっ、でも……」

「やっぱり何かあるの?」

「いえ、最近バランスの良い食事とお風呂によく入ることになりまして。もしかしたら、関係あるかもしれません」


 もしかして僕の料理と寮の温泉のことを言っているのかな?


 これでも皆の健康を第一に考えて料理を作っているし、温泉も造った。


 実際にはそんな効果はないだろうけど、ルビィさんがそんな風に思ってくれたのなら嬉しいなぁ。


「そうなんだ。やっぱり体の中から変えないとダメなのかしらね」

「私もきちんとした食事をとるようにしなきゃね」

「私も私も」


 それからしばらく女の子たちはルビィさんと話をして盛り上がった。


「私たち、そろそろ上がるね」

「はい、私はもう少し入ってから上がります」

「あんまり遅くならないようにねぇ」


 何十分か経った後、女の子達はルビィさんから離れていった。


「はぁ……もういいわよ」


 安堵のため息と共に、場所をどけるルビィさん。


 彼女のおかげで見つからずに済んだ。本当に助かった。


「は、はい。ありがとうございました」

「べ、別にあんたと一緒に入っているところを見られて変な誤解されたくなかっただけよ。私は体を洗うから絶対に見ないでよね」

「分かりました」


 ルビィさんは洗い場の方に去っていった。


 あわや、僕が男だとバレそうになったけど、どうにか切り抜けることができた。


 その後、ルビィさんがお風呂から上がる時に脱衣所を確認してもらった後、ようやく僕は温泉から解放された。

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