第038話 座布団
そして、遠征に出発する日がやってきた。
『皆のもの。遂にこの日がやって来た』
街の外に参加者が集められ、整列させられている。その数は数千人を超えている。こんなに沢山の人間は初めて見た。
僕は当日指定された場所に向かい、学園長の部下の人に案内されて、ユキと共に外部協力者の列に並び、皆の前で演説する学園長を見ていた。
寮に人がいなくなるので、マルはお留守番だ。元々ユキよりも活発に動きたい方じゃないので、マルが留守番、ユキは散歩に出るという役割分担で落ちついている。
周りには知らない女の人しかいなくてとても緊張する。中には僕と同じように動物を連れている人もいた。特に話などしていないし、皆に太鼓判を貰っているので今のところバレていないと思う。
なぜかその動物の体調が悪くなって運ばれていったんだけど、緊張しすぎたのかもしれない。大丈夫だろうか。
『魔境との境界にモンスターたちが集まりつつある。その数は数十万を超えている。この話はすでに聞かされていると思うが、これほどの数のモンスターが集まるのは数百年に一度の災害じゃ』
僕の心配をよそに学園長の演説は進む。
これから戦場に向かうため、軍服を着用していた。こうやって先頭に立って話している所をみると、見た目に反して学園長は本当に偉い人なんだなと実感する。
普段は寮でよく叫んでいる面白い姿を見ているので、いつもと違う姿に、失礼かもしれないけど、本当に学園長なのか疑ってしまう。
『この国難を力を合わせて乗り切ろうではないか。行くぞ、皆のもの!!』
『おおー!!』
学園長の言葉に合せて皆が声を上げる。
「お、おー」
僕はこういうものに参加したことがないので、周りに合せて小声で合わせた。
周りの人が僕を見て目を丸くしていた。
それから再び担当の人に案内されて僕が配属される部隊にやってきた。
「やっほ」
「セルレさん……良かった」
そこにはいつもの無表情な調子のセルレさんが手を上げた。
知っている人がいてようやく安堵する。
「集まったようだな。私は今回この部隊を与るフィールナという」
なんだか何処かで見たことがあるような、ないようなそんな女の人が僕たちの隊長さんらしい。
ここは基本的に戦闘要員ではなく、部隊の人たちが疲れて戻ってきた時の世話をする部隊。他の部隊と交代しながら作業に従事するようだ。
「ちな、私は副隊長。ぶい」
しかもセルレさんは副隊長だという。普段からだるーんとしている姿ばかり見ているけど、外ではとても優秀な戦乙女のようだ。
「レイナと申します。炊事洗濯おそうじは得意です。よろしくお願いします」
僕も挨拶して、遂に行軍が始まった。
馬車に乗ってのんびり移動していくようだ。部隊がさらに細分化され、僕はセルレさんと一緒の馬車に乗った。
「皆さん、こちらをどうぞ」
僕は最初に乗って、席の上に低反発の座布団というものを敷かせてもらった。これは婆ちゃんに教えてもらったもので、馬車の乗り心地を向上させる優れもの。
「レイナ、クッション」
「はいはい」
セルレさんは端っこに座って僕にクッションをねだる。
「今、どちらからこれを出されましたの!?」
疑問を投げかけてきたのは同じ部隊に配属された縦ロールが特徴の女の人でマリーベルさんという。マリーと呼ぶように言われている。
なんだか口調が普通の人と違うし、なんだか高貴なオーラが出ている。
「勿論、ポケットからです」
「ポケットにこんな大きな物は入りませんことよ?」
「え? 何を言ってるんですか? 入りますよ?」
「そう。レイナのポケットには何でも入るから気にするだけ無駄」
僕に同調するようにセルレさんが割り込む。
「そ、そうですの。それで、こちらはなんなのでしょうか?」
それでマリーさんは納得してくれた。
「馬車は揺れが酷いですからね。その揺れを和らげるものです」
「そ、そうなんですか。それは素晴らしいですわね」
彼女が率先して席に座り、他の人たちも腰を下ろした。
そして、ついに馬車が走り始める。
これから実際に戦闘に参加しないとは言え、モンスターがいる場所に向かうことになる。ちょっと不安だけど、頑張ろう。
僕は決意を新たにした。
「これは凄く良いものですわね!! おいくらですの?」
次の休憩の際にマリーさんに低反発座布団を絶賛された。他の部隊の席にも敷くことになった。
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