第27話 すぐ戻れ 父より
壇上で元気よく手を振るうちの高校とは異なる制服姿の女子生徒……服装は異なるけどすぐに誰か分かった。
「こんにちは! 敦賀紬です! 今日はみなさんにモンスターと遭遇したらどうやって逃げるのか、についておはなしに来ました! 決して戦おうとは思わないでください!」
そう。先日恐山のインスタントピラーで一緒に登った紬だ。
彼女からの視線を感じる。リュートを弾いていなくても、音感知なるものは使えるみたいだし、たまたま視線を向けたってわけじゃないよな。
喋りながら、チラチラと俺に視線を送っているのだもの。
これじゃあ、おちおち寝てらんないぞ。
「紬ちゃんのおごりだから、たんと食べるといいヨ」
「ドリンクバーで」
「僕もそれで」
で、予想通りの展開となった。
学校で彼女に発見されてしまったので、下手に逃げ回ると事態が悪化するだろうと浅岡と意見が一致したんだ。
というのは、彼女から影兎宛にメッセージが届いたから。
探索者個人からギルドである影兎に対して連絡を取ることは難しいけど、ホライゾンからとなると話は別。
ホライゾンに恐山のインスタントピラークリア後のことを任せていたので、彼らと連絡が取りあえるようにしていたんだよね。
そのホットラインを使って講演会が終わった後、速攻で彼女がメッセージを送って来たのよ。
知らないフリでそのまま終わるのかなという淡い期待は吹き飛んだ。
そんなこんなで、丁寧に添えられていた彼女のメッセージアプリアカウントへ俺のメッセージアプリから連絡をした。
そして今、彼女に連れられ隣駅のファミレスに来ている。
「パフェとかパフェとか食べないの?」
「特には……」
「もう。連れないところは普段からなんだネ! 本当にビックリしたよ。蓮夜くんたちが近くの高校にいたんだから」
「さすがに俺たちの高校が分かっていたわけじゃないんですね」
「そらそうだよー。蓮夜くんたちの高校がどの県にあるのかも知らなかったヨ。運命の出会い、だね。影くんこと浅岡くんにも会えるって素敵」
ニコニコでチョコレートパフェをほうばる彼女はとても幸せそう。
インスタントピラーで会った時はポニーテール姿だったけど、今は髪を結ばず前髪をピンで留めただけで長い髪をそのまま降ろしている。
ピラーだと動きやすさ重視で髪を結んでいるのかも。
メイクは同じような感じだけど。薄いチークと目立たない色をしたリップ。がっつりメイクって感じではなかった。
「ん。このヘアピンに興味ある? つける?」
「つけないです」
「浅岡くんなら使うかな?」
「星マークはちょっと……」
さっきから彼女に振り回されっぱなしだ。浅岡の「僕は影になる」というオーラが半端ない。
俺が彼女との会話をなるべく繋がないと……。
「蓮夜くんたちはどうするの?」
「どうって」
「海外のニュースは見てる?」
「いえ……まさか、他にもモンスターが出てきたインスタントピラーがあったんですか?」
「ご名答。幸い、人的被害は出ていないわ。どのピラーも長い間放置されていて、かつ50階を超えるピラーだったの」
「数は限られているんですね」
「うん。それでね。国内でも出現してから5年を超えるインスタントピラーがいくつかあるんだヨ」
「インスタントピラーは多数発生していますよね」
「そそ。蓮夜くんたちのところにもそろそろ全国ギルド協会から依頼が来ると思うヨ」
ちょんちょんと浅岡が俺の肩をつつき、スマートフォンを見せる。
『緊急依頼と特別ボーナスの案内』
どうやら全国ギルド協会とやらから連絡が来たらしい。
「何々……低階層のインスタントピラーでも5年を超えるものは根こそぎクリアしましょう、キャンペーンってところ?」
うーん。悩むところだ。
もちろん街に被害を出さないため、というところに関しては完全同意である。
だけど、取りあいになってトラブルになるのは避けたい。
「浅岡。任せた」
「そう言うだろうと思ったよ。空きの出ているインスタントピラーにエントリーでいいかい?」
コクコクと頷き、コーラを飲む。
「蓮夜くんたちに低階層なんて勿体ないと思うんだ。だから」
ピロロロロン、ピロロロロン。
と、紬のスマートフォンが盛大な音を鳴らす。
じっと見ているんじゃなくて、早く取ったらいいのに。
むすうとした顔でこっちを見られても困る。スマートフォンは鞄の中で鳴り続けているぞ。
「はい。えー。分かった……」
あからさまに肩を落とした彼女が椅子から腰を浮かす。
「もっと二人とおはなししたかったのに! ごめんね。蓮夜くん。浅岡くん」
慌ただしく鞄を掴み、ヒラヒラを手を振りレジに向かう紬。
残さされた俺と浅岡が同時にふうと息をつく。
「女子ってみんなこうなのかな……」
「さあ……僕に聞かれても困るよ」
改めてファンタを入れて戻って来る。浅岡は紅茶。
琴美と紬が特殊なのか、みんなこんな感じなのかは永遠の謎である。
「それにしても……」
「紬さんが気に入ったのかい? 年上のお姉さんという感じじゃないけど」
「違う。確かに紬も関わっているけど、そうじゃない」
「へえ。紬、ねえ」
「もうその話題はいいから。彼女、随分と色んなことを知っているなあって」
「全国ギルド協会のこととかかい?」
「そう。それに世界中でモンスターが外に出る事案が出ている、とか」
「そちらも、明日か明後日にはニュースになるんじゃないかな?」
そんな当たり前のことのようにしれっと言われても、どう反応していやら。
一方で澄ました顔で紅茶を口につけた浅岡が音を立てずにカップを戻した後、眼鏡に指先を当てる。
「彼女のギルドに連絡が来ているから、彼女が知っていても驚くことでもないんじゃない?」
「へ。ホライゾンって先に情報を得られるほど特別なギルドなの?」
「さすが蓮夜。この手の情報には本当に疎いね。日本のギルドトップ3って知っているかい?」
「知らない」
「うん。そうだと確信していたよ。筆頭は日下風花が所属するヒノカグツチ。二番手は難しいけど、
「紬ってそんな有名ギルドだったのか」
「君はAランクがどれほど希少かも理解していないから、推測もできないか。今のところ日本国内の登録済みのAランクは7人。ヒノカグツチに2人。天竜に2人、ホライゾンに2人。もう一人は引退して全国ギルド協会の職員になっているよ」
「分かりやすい。Aランクの人がいるギルドがトップ3なんだな」
「まあ、その理解で問題ないかな……細かく言うと君が混乱するだろうし」
「お。おう……」
気まずい沈黙が流れた……。
しょうがないじゃないか。過去の未来での8年間、俺はピラー関連の情報をできうる限りシャットアウトしていた。
父のことを思い出してしまうから。自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになってしまうから。
入院する前の俺ならある程度知っていたのかもしれないけど、8年も経過したら余り覚えていない。
日下風花が入院するニュースとか、ポツポツとテレビで大々的に報道していたことが、断片的に残っている程度。
どのギルドが有名でとか、誰がどんなスキルを持っていて、なんてことはほぼ記憶にない。
「世界のピラーのこととか、全国ギルド協会からの通達なんかも、公開される前にトップ3に何らかの連絡が入るのだと思うよ。社会的な影響度が大きいものほど、事前に対応策を協議したりすることで円滑に進むしさ」
「まあ。そうだな。うん。父さんのギルドも中々のものだと思ってたけど、ホライゾンはもっと、だったとはビックリしたよ」
「屠龍も中々の老舗ギルドだよ。中堅上位くらいじゃないかな」
「影兎に比べれば、どこも大きいよ」
「ははは。影兎は二人だからね」
ようやく浅岡と俺がいつもの調子に戻ってきたところで、今度は俺のスマートフォンがブルブルと震えた。
『浅岡くんと一緒か? すぐ戻れ』
父からのメッセージに得も言われぬ不安がよぎる。
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